インターネットの世界に、「2ちゃんねる」という、情報の巨大掲示板がある。
ひとつのテーマを立てて、誰でも匿名のままに自分の意見を自由に書き込んでいく、情報や意見交換の場だ。
匿名性という気楽さから、かなりのデタラメや嘘や過激な意見も多いが、「なるほど!」というような鋭い指摘やホンネ、あるいは内部のものでなきゃ解らないような業界の内部情報などもある。
政治経済から晩のおかずまで、ありとあらゆるテーマのもとに情報交換する、まさに巨大掲示板なのだ。
この「2ちゃんねる」にも、「オフ会」というのがある。オフ会というのはインターネットの世界で知り合った者同士が、現実の世界で出会ったり行動を共にしたりすることをいう。
ここのとこ、「2ちゃんねる」のインターネットの世界から現実に波及するオフ会が、ある種のもの凄く新鮮なエネルギーとパワーを内包していて……私、今これから目が離せない。
●──中国大使館の前をダッシュするオフ
「2ちゃんねる」のオフ会には、河原で花火をしようという無邪気なものから合コンだナンパだとギラついたものまで色々あるが、最近とてもおもしろいオフ会を見かけるようになった。
先日、中国の審陽の日本大使館に北朝鮮からの亡命を求めて駆け込んだ亡命者の家族を、中国の武装警察官が日本の敷地内に入り込んで引きずり出す事件があった。
あの時「2ちゃんねる」の世界では、日本大使館員の腰抜けさ、中国の日本をなめきった態度、外務省の腐りきった体質などへの、批判が吹き荒れていた。
そのうち、審陽の日本大使館の大使や職員が、実名で写真と略歴付きで表示され始めた。「コイツらだよ、コイツら! 糾弾しようぜ」と、呼びかけが始まる。
「ついでに、中国大使館にも抗議しよう!」そして、外務省や中国大使館のメールアドレスや電話番号が表示される。「電話回線がパンクするほど、みんなで抗議の電話とメール送りつけて、困らせてやろうぜ!」
そのうちに誰かが、「それにしても、中国のやり方は腹立つなあ。何か抗議のアピールしようよ」「北朝鮮の亡命者がやったみたいに、何気なく歩いていって中国大使館の前で突然ダッシュするってのはどう?」「別に大使館の中に駆け込まなくても、門の前で突然猛烈にダッシュしたら、あの事件への抗議のアピールにはなるかも!」「中国大使館の警備員は驚くだろうし、少なくともいやがらせにはなるなあ」「どうせなら、50人ぐらいでいっぺんに走れば、そうとう強烈なアピールになるんじゃない」……ネット上で、互いに匿名のままに、様々な意見交換やおしゃべりが始まる。
そして、「中国大使館の前を、突然ダッシュするオフ会」が立ち上がる。○月○日、何時、集合場所はどこ。勇士は集まれ!
匿名を脱ぎ捨てた若者たちが行動に出る。行動といってもたあいのないいたずらだが、その裏には辛辣な政治批判が隠されている。
そしてその後、そのオフ会の様子が子細にインターネット上で報告される。何人ぐらい集まったか。走ってる若者たちの画像。取材にきたマスコミ。お巡りさんに「君たち、中国大使館のほうへは行っちゃダメよ」と言われたこと……こうして、ひとつのイベントとして表現力も豊かに報告されるレポートは、笑いながら傍観してただけの若者達をもどんどん行動に巻き込んでいく。
●──国立競技場でドイツ応援するオフ
ワールドカップの時には、「韓国対ドイツ戦の時、国立競技場でドイツを応援しよう」というオフ会が立ち上がった。
対戦チームの国旗を競技場の前で焼いたり、「ヒットラーの息子たちは帰れ」などというボードを出す、韓国サポーターのナショナリズムの濃過ぎる応援への抗議として。
共催国だからと「韓国ガンバレ!」ばかりで、そういう韓国サポーターの姿を一切報道しない、日本のマスコミの報道の姿勢に対する抗議として。
そして、審判買収疑惑やドーピング疑惑などが持たれている、FIFAに対する抗議として。
「われわれは国立競技場で、共催国の赤い韓国でなくあえてドイツの白いユニフォームか白シャツ着て、ドイツ応援しよう!」「そうだそうだ! ついでに白シャツや横断幕にも、「フェアジャッジ、プリーズ」と書いていこうよ」「そして最高に紳士的な応援して、日本サポーターはナショナリズム丸出しの無礼な韓国サポーターとは違うんだってことを、しっかりアピールしよう。みんな集まれ!」「おう! 国立競技場の入場券はコンビニで買えるゾ」「国立へのアクセスはこう、地図はこれ」「日本のマスコミは絶対に共催国の韓国サポーターしか写さない。我々が写されるとしたら外国のマスコミだ。横断幕も旗もFIFAに対する抗議は全部英語で書こう!」
匿名のおしゃべりは、どんどん盛り上がる。
「英文は、こっちのほうがシンプルでどこの国の人にも理解しやすいんじゃない?」「デジカメ持ってるヤツ、我らが白シャツ集団が何人ぐらい集まったか、しっかり撮っとけよ」「韓国サポーターしか写さない、日本のマスコミのカメラクルーの立ち位置を、写すのも忘れるなよ」「それ撮るには、国立競技場のこの場所とこの場所が最適だネ」と、別の誰かが国立競技場内の地図に印を付けてネットにのせる。
匿名のままに、こういうきめの細かい情報交換が行動に向けて進行していくのだが、その行動のセンスはいい意味で抑制されていてスマートで、知的なのだ。
いやあ、したたかなもんだ! このオフ会の様子には、私もワクワクして注目していた。
そして結果的に、真っ赤な韓国サポーターに対して、「フェアジャッジ、プリーズ」という横断幕やTシャツを着た白い集団は、国立競技場になんと1000人も集まったのだ。
1000人が匿名性を脱いだって、ことでもあるね。
それから、韓国サポーターの前にはずらっと並んでいるが、1000人いる白い集団の前にはひと組もいない日本のカメラクルー達の様子も、画像で報告された。
このカメラクルーの立つ位置を見ただけで……ある意味で、日本のマスコミの在り方って? 報道ってなに? 真実ってなんだろう?……すべてが一目瞭然に、透けて見えてしまうような画像だった。
大げさに言えば、私たちが「どういう方向性に向けられているか」、「どういう社会で生きているか」ってことまで、わかってしまうようなネ。
この私たちが普段決して見ることのない、逆のアングルから撮った画像の訴えるものは、強烈だったなあ。
●──湘南ゴミ拾いオフ
その後、断然おもしろかったのは「湘南ゴミ拾い」というオフ会。
これは、ワールドカップの3位決定戦を独占中継してたフジTVが、表彰式のとき共催国の4位の韓国の表彰風景だけを写して、3位のトルコの表彰風景を写さなかったことに対する抗議だった。
フジTVでは写さなかったが、スカパー(スカイパーフェクTV)は全てを写した。
トルコの選手達は一緒に入場した子供たちと手をつないで表彰台に上がり、もらったメダルを子供の首にかけてやったり肩車したり……それは、とても心温まる素晴らしい表彰風景だったのだ。
「こんないい表彰風景をフジTVはカットしたぞ! スカパー無いヤツ、NHKの夜のニュースを見てみろよ!」というネットからの情報で、私も、これをNHKの夜のニュースで見た。
スポンサーや広告代理店に都合の悪いことはいっさい報道しない、TVというマスコミに対する不信感。その上、アンチ韓国で親トルコムードの高まっていた2ちゃんねるの世界では、これは猛烈な反感を買った。
デジカメで写した、国立競技場での日本のカメラクルーの立ち位置の画像を、みんなしっかりと見ているのだ。
メディアに対して、はっきりと一つの知性を持ってしまっている、若者たちなのだ。
「これって、偏向報道だぜ!」
そして例の通り、匿名のままにおしゃべりは盛り上がり、後日フジTVがやる「27時間テレビ」の中の、「みんなで海をきれいにしよう! 湘南の海でゴミ拾いしよう」という番組にターゲットが絞られた。
「ゴミ拾いは○月○日の何時から。その前に海岸中のゴミを全部拾いつくして、フジTVを困らせよう!」「トルコチームのユニフォーム着ていこう」「偏向報道!とか偽善番組はやめろ!とか、Tシャツに書いていくのもいいかもネ」「ゴミがひとつも落ちてない浜を見たら、フジは必ず番組前にゴミをばらまくだろうな」「その、やらせの様子を写してネットに流そうぜ!」
そして、番組が始まる前日とその夜中に、たくさんの若者達がゴミ拾い会場の浜辺に集結し、猛烈にゴミ拾いを始めたのだ。
「昼間部隊は飲み物は多めに、甘くないヤツのほうがいいヨ、とにかく暑いから。帽子と軍手も忘れるな」「オレも行く、○○町通る車あったら拾ってくれ〜」「○○通り通るけど、まだ二人乗れるよ」
ノートパソコンが彼らの伝達手段だ。
「A浜はほぼ完了! B浜が人手不足、これから行くヤツはB浜かC浜のほうへ」「ゴミは夜も出るぞ、夜部隊が少し人手不足」「仕事が済んだら、夜部隊に行くぞー」
「ガンバレ! ガンバレ! 差し入れ持ってくネ」
匿名同士のこのチームワーク。この連帯感。
ネット見てるだけでも、もの凄いテンション、もの凄い熱気、もの凄いドラマなの。
で、やはり後日「湘南ゴミ拾いオフ」のすぺてが逐一報告される。
ゴミを拾う若者たちの姿。海辺のファミレスで、ノートパソコン持った若者達が情報の中継をやっている姿。集められたゴミの山。差し入れられた飲み物やお菓子。「オイオイ君たち、リーダーは誰なの? ゴミ拾いには許可がいるってこと知ってるの?」といちゃもんつけにきたフジTVのディレクターの姿。それに「リーダーなんていませんよ。オレ勝手にゴミ拾ってるだけだから」と、答える若者の様子。(そう、彼らは匿名同士なのよね。リーダーなんていう発想と、まったく無縁のところで集まった集団なのよ)そして、ゴミがないから砂拾うところを、遠景でしか撮れなかった番組の本番。
そして、この「湘南ゴミ拾いオフ」の子細を取り上げた週刊誌を、「オイみんな、すぐコンビニ行って週間文春を3冊でも5冊でも買おうよ!『2ちゃんねる』取り上げると、雑誌が売れると思わせようぜ」
実に、マスコミの引きつけかたも泣き所も、心得たものなのだ。
●──インターネットの力
この「2ちゃんねる」のオフ会の様子を見ていると、すべて匿名のままに進行していく行動の裏に、私は「知性といたずらっ気と行動のセンスを持った、頭のいい大学生の子」っていう、イメージを見るんだけど。
彼らは、嘘や欺瞞を見抜く鋭い眼も、したたかな知性も、老かいなほどの行動の方法論も持っている。
そして、なにより若者特有の目を見張るような素早い行動力がある。それも瞬時に。全国的な規模で。(ゴミ拾いや国立競技場へは行けなくても、大使館や外務省に抗議の電話やメール送りつけるのは全国から出来る)
この力は今、もの凄い求心力で大きくなりつつあるが、体制とか権力とかこの「国の形」を維持するものにとっては……イヤだろうなあ、この力は。
恐いだろうなあ、これは。
そして、この力をつぶす動きも、もうすでに確実に始まっているようだ。