毎日TVでアフガニスタンの戦争のニュースをみるたびに、つい戦争の服に目がいってしまう。
タリバン、グリーンベレー、SAS、パキスタンの国境警備隊、海兵隊、自衛隊……眼を皿のようにして彼らの服をチェックせずにはいられない私は、なんと平和なことだろうと思いながらも。
しかし、ファッションと戦争って、もともとすごく色濃く結びついているものなのだ。
●──洋服のルーツ
洋服には大別してドレッシーな服と、カジュアルな服がある。
ドレッシーな服とは、ドレスアップするときの服。式服やら礼服やらパーティーのドレスやら、いわゆる「よそいき」の服。
それに対してカジュアルな服とは、気軽な普段着感覚の服のこと。
最近は、よそいき着と普段着という着わけをあまりしなくなってきて、例えばジーンズとかセーターとかジャケットといったカジュアルな服が、私たちの最も日常的な服になってきている。
で、このカジュアルな服って、大きく分けるとルーツは3つ。労働着か、スポーツの服か、戦争の服からきている。
労働着というのは、労働者が働くときに着た服。作業着ともいう。
デニムのジーンズとかダンガリーシャツ、カーペンターパンツ、つなぎ、Tシャツ、カウボーイのテンガロンハット、木こりたちが着た赤と黒の大きな格子縞のマッキノー・ジャケット。北欧の漁師たちが着た、身ごろに複雑な編み込み模様があるフィッシャーマン・セーターなんかもそう。
スポーツの服は、スポーツ競技に着た服。
ヨットマンたちのヨットパーカやデッキシューズ。テニスシューズにポロシャツもラグビージャージーもそう。去年ユニクロが大ブレークさせたフリースなんかも、もとは登山用の防寒着だったものだ。
そして戦争の服、これがめちゃくちゃ多い。
中、高生の詰め襟の学生服も女子学生のセーラー服も、もとはといえば軍隊や海軍の服。
セーラーカラーや裾拡がりのベルボトム・パンツは、今でも世界中の海軍の服だ。トレンチコートのトレンチは塹壕の意味で、第1次世界大戦の時にバーバリーがイギリス軍に造ったコート。独特の角型の木のボタンをループで留める、フード付きのダッフルコートは第2次大戦にイギリス海軍が着たもの。
新しいところでは、米軍のアーミーグリーンといわれるカーキ色や、迷彩柄のワークシャツやパンツ。編み上げのワークブーツ。若い子たちの好きな、表が黒で裏が派手なオレンジのエアフォース(空軍)のフライングジャケット(あのオレンジは、緊急時には救助隊に発見されやすいよう、派手な裏側を着て待つためだというね)等々。
こう書いていっても、もう完全に我々の日常服として定着してしまっていて、改めて「それ、戦争の服なんだよ」なんて言われると、びっくりしちゃうようなものが多い。
戦争って、武器や乗り物や通信やいろいろなものを劇的に進化させるようだけど、ファッションも例外ではないの。
防水、防寒、着脱のしやすさ、軽さ、耐久性……そういった洋服の要素を全て網羅して、素材も、色や柄も、デザインも服を画期的に進化させてきたのが、また戦争でもある。
なにしろ、命がけの実用性と機能性と耐久性を求められる場だものね、戦場は。
で、戦後に余剰物資としてマーケットに放出されたそれらの服が、一般の人々の中に定着していったという経路が多いようだが、すぐれた美しい服だからこそ人々に愛され着られていったのだろう。
そういえば、私の子どもが小学生の時のこと、子どもの小学校では1年間がかりで平和学習をして、沖縄へ修学旅行にいく。
その修学旅行の報告会で先生が、
「あれだけ平和学習をやって、基地を見て、ガマを見て、反戦地主やひめゆりの人のお話を聞いて……それで、おみやげに迷彩服のシャツを買う子がいるんですからねえ。僕たちが教えたこと、いったいどうなっちゃってんだろうって……考えちゃいますよ」
と、嘆いてたことがある。
私、先生には悪いけど思わず吹き出しそうになってしまった。
子どもって、ラジカルなものよねえ。いくら平和学習をしようと、カッコイイものはかっこいいのだ。戦争の服って美しいのだ。
●──アーミーシャツの怪
で、私はなにを隠そう「大の戦争服好き」でもあったのです。昔は。
トレンチコートなんて、高校生のころからもう何枚買って着つぶしたかわからない。
アーミーシャツもワークブーツも、常に私のワードローブにあるアイテムだった。
もちろん、仕事でもよく戦争服を使った。
思い切りワイルドな戦争もののシャツやパンツを、肌を出した女らしいセクシーな服と合わせるというコーディネートに、凝っていたときもあった。
で、何でも極めていくとやはり「ホンモノ」が欲しくなるというのが、人間でしょう。
私は撮影でアーミーものを使うたびに、スタイリストに「ホンモノよホンモノ(いわゆる放出品というやつね)。偽物はダメだからね」などと念を押したものだ。
ある時、スタイリストが古着屋から持ってきたアーミーのシャツやパンツに、なんと小さい穴がいくつも開いているではないか。
「ちょっと、これって何の穴?」
「弾丸の跡じゃないかって、古着屋のお兄さん言ってた」
「ということは、これ着てた人は死んだってこと? でもそれにしちゃあ、血痕とか付いてないけど。それにしてもアンタ、なんだってこんな不気味なもの持ってくるのさ」
「だって、ホンモノがいいって言ったじゃないの」
撮影の衣装合わせというのは、だいたい夜の7時や8時ごろから始まって、深夜や明け方近くまでという時間帯になることが多い。
スタイリストは、その日1日中店が閉まるぎりぎりまで衣装を集めてくる。
エディターも、昼間は打ち合わせやらロケハンやらに走り回っている。
互いの仕事を終えたその後で、やっこらせとその日のスタイリストの戦果を広げて、あれこれコーディネートをつめていく。
当然、どちらも疲れ切ってハイになっていることが多い。
弾痕付きのアーミーシャツを前に、私とスタイリストは顔を見合わせた。
突然、「ワァー、ベトナム兵の怨念だぁーー」と、私がスタイリストに弾痕シャツを投げつけた。
「キャー!」と半泣きになったスタイリストは、「怨念は、持ってこいって言った人んところへ行くべきよ!」と、私にシャツを無理やり着せかけた。
山のように衣装を広げた真夜中のスタジオで、私たちはアーミーシャツをぶつけ合いながら、ぜいぜい言うまで走り回ったっけ。
ノー天気というか、平和というか……しかしそれにしても、あのアーミーシャツの穴は、いったい何だったのだろう?
●──湾岸戦争のとき
ところが、そんな私の戦争の服へのスタンスに、決定的な意識転換が起こるような出来事があった。
あれは、ちょうど湾岸戦争が始まろうとしてる時のことだったから、もう10年前になる。
夏休みに、子どもと2人でミクロネシアのパラオに行ったときのことだ。
乗り継ぎのグァムの飛行場の、さして広くもないトランジットルームに1歩入ると、そこは迷彩服を着た米軍の兵士達で溢れかえっていたのだ。
何らかの理由で、民間の飛行場を使わざるを得なかったのだろう。
時期的に、あきらかにこれから湾岸に行くのであろう兵士達は、100人以上、いや200人ぐらいはいたに違いない。
白人系、黒人系、アジア系……兵士達は迷彩服よりもTシャツとジーンズが似合いそうな……銃を持つよりもスケボーやサーフボードを持つ方が似合いそうな……本当に若い、幼さが残るような若者たちだった。
「兵士って、こんなに若いんだ!」私は、近くでまじまじと見てびっくりした。
彼らは、並んで座った私の子どものゲームボーイをちらちらと盗み見ながら、小声でさかんにゲームソフト野話をしている。迷彩服の兵士達が!
それを見て私は、「このコたち、うちの子とたいして年が違うわけじゃないんだ」と、息が止まるほど驚いた。
半ズボンをはいてゲームボーイをしてる私の男の子と、それをのぞき込んでゲームソフトの話をしている迷彩服の兵士達は……どっちがどっちに入れ替わってもさしておかしくないほど、どちらも少年に見えたのだ。
戦争が、いきなり私の大事な子どもの隣に座ってしまったのだ。それも、子どもとたいして年の違わない戦争が。
あれは、とてつもない恐怖だった。
あれ以来、迷彩服というのが嫌いになった。
いまだに、迷彩柄もアーミーのシャツもパンツも、どうも手が出ない。
特に、あの砂漠の色の迷彩柄はダメ。
あの時、始めて砂漠色の迷彩柄も見たような気がするが、あの柄をみると哀しい。
小声でゲームソフトの話をしてた、少年のような兵士たちの顔が、私の中でトラウマになってしまったのだろう。
●──今、戦争の服は?
それにしても、毎日TVで見るアフガニスタンの兵士の服装が、気になってしかたがない。
だって、戦争が始まってどんどん秋が深くなるっていうのに、タリバンとか北部同盟とかの人たちの着てるもの、基本的にはほとんど変わってないんだもの。
おそらく厚手の木綿じゃないかと思うが、あのシャツをそのまま長くしたようなワンピースとパンツの上に、寒くなってからはせいぜいアーミーパーカとかベストとかセーター着てるの見かけるぐらい。足なんて、素足でサンダルはいてたりする。
冬になったら、昼間でも摂氏5℃で夜は氷点下20℃まで気温が下がるという。
そんなところで、ダウンジャケットでもマウンテンパーカでも、ウールのコートですらないんだよ。もちろん、下にパタゴニアのフリースなんか着てるわけがない。
冬が来たら、あれでもつんだろうか?
一方、デルタフォースとかグリーンベレーとかの、装備の最新式なこと!
暗視鏡付きのヘルメットに、迷彩服の上下に頑丈そうな編み上げのワークブーツはいて、落下傘(これは、パラシュートクロスっていって、格別薄くて、頑丈な糸が縦横張り巡らされている素材だよね)で降りてくる。
おそらく、なんでもない迷彩服の上下にみえるけど、ゴアテックスとかシンサレートとか最新の素材を使った、防水や耐寒に優れた服に違いない。
アフガニスタンの戦争は、「正義の戦争」だか「聖戦」だかはわからない。
しかしファッションから見る限りこの戦争は、もう圧倒的に富めるものと貧者の戦争としか思えない。