1
9月11日の夜、ソファに寝っ転がって見ていたニュースの中に、いきなり飛行機が摩天楼に突っ込む映像が飛び込んできた。
「あわわ、映画じゃないんだって、これ!」
そのさながらCGのような映像は繰り返し繰り返し、とうとう朝まで続いた。
頭では「これは映画じゃないんだ」と思いながらも、眼はどうしても「スゴイ!」と単純に反応してしまう。何回見てもその映像に釘付けになる。吸い込まれる。
「スゴイ!」には、見事に痛みが伴わない。
やれやれ、散々子どもたちが短絡的に犯罪を犯したり人を殺したりするのは、彼らが小さいときからコンピューターゲームで、シューティングやファイティングで遊んでいるからじゃないか?……とか、思った。
バーチャルの中で育った子どもたちは、バーチャルと現実の距離感が危うくなっているんじゃないか?……とも、思った。
そんなことを散々言ったり書いたりしてきた自分が、どうしても貿易センタービルのテロのニュースを、キングコングやダイハードの眼で見ているじゃないか。
私だけじゃない。あの日、TVを見続けた人々、放送を送り続けた人々、ほとんどの日本人がそうだったに違いない。
でなければ、あんな残酷な映像を繰り返し繰り返し一晩中、朝まで流すものか。
バーチャルの世界に慣れ親しんでしまったのは、子どもたちだけじゃなかったんだ!
2
医者から「今月いっぱい持たないだろう」と言われた癌の父親を、病院から引き取り家で看取ることをきめた男友達から、夜中に電話が入る。
「もう時間がないから。時間が許す限り、オレに出来ることは全てしてやりたいんだ。親不孝ばっかりだったからなあ」
自営業の彼は、なんとか仕事現場には出ずに仕事をさばきながら、父親の介護に専念している。
「80過ぎると、一度寝付いたらもう起きられないっていうけど、本当だなあ。つい1月前まで、よたよたしながらも散歩や買い物行ってたのに。病院からだって、なんとか歩いて帰ってきたのに。家で横になったとたんに、日に日に足が弱ってきてなあ。
それでも、初めは人につかまりながらなんとかトイレまで歩いてたんだが、2、3日前からそれがままならなくなってきたんだよ。
もうオレ、ここのところ1日中ほとんどトイレの世話だぜ」
強面の50男が、「オレ、もうオヤジのおちんちん平気でさわれるぜ。一番最初は、やっぱりショックだったけどなあ」と言う。
「おしっこのほうは頻繁だから尿瓶で取るしかないんだが、うんちが大変なんだよ。
オムツ取った下半身裸のままのオヤジとオレが抱き合ってな、もう絶対に他人に見せられる格好じゃない。で、もう歩けないオヤジをオレが抱いて後ずさりで、ほとんど引きずりながらトイレまで運んでいくんだ。
やっとトイレに座らせて、しばらくすると『ああ、やっぱり出なかった』。それでまた、抱き合ってベッドまで運んで行く。
オヤジもけっこう大きな男だろ、痩せてても重たいんだ。オレでさえ汗だくだよ。
で、また『あっ、出るかも知れない』って、それを1日に3回も4回もやってみなよ。おしっこの他にだぜ。大変だよ! これは。
でもなあ、オレなんとかオヤジを最後までトイレに行かせてやりたいんだ。トイレでうんちをさせてやりたいんだよ。
それって、なんか人間のプライドとか尊厳とか、そういう問題じゃないかと思うんだ」
3
あんまり毎日見るので、ビルの崩壊の映像が目に焼き付いてしまった。
映像の送り手たちも、もういいかげん眼もアタマもバカになってるに違いない。そうでなきゃ、ああも微に入り細に入り「A地点からは」「B地点からは」と、あんな映像を一日中渡せるわけがない。
今日も生存者はいない。
行方不明者は毎日増えていく。もうすぐ5000人になるという。
本当にあの瓦礫の映像の中に、5000もの人間の死があるのだろうか?
頭ではわかってても、どうしても眼からは伝わらない。そうかあー私たちは、ほとんど眼でニュースを認識してるんだあ。
翌日の夕刊に、崩壊するビルから飛び降りる人たちの写真があった。
それを見て初めて心底ギクリとする。気分が悪くなって思わず目を背ける。初めてあのニュースが、ほんの少しだが現実の痛みとなって、私に伝わったのかもしれない。
ブッシュが戦争宣言をしてる。まるでジョンウェイン気取りで、ド単純に「自由を守るために、悪に立ち向かう」とか言わないで欲しいよ。ヤバイ奴だなあ。いやだなあ。
それにしてもアメリカって、大臣、消防士、警官、軍隊、医者、聖職者、ありとあらゆるところに、なんて女の人たちの顔がフツーに見える社会なんだろう。うらやましいなあ。
「痛み」が見えないニュースのなかで、まるでゲームのように戦争が始まってしまう。
4
夜中にまた介護の電話が入る。
お父さんはもう、トイレに立つことさえ出来なくなったそうだ。
「今日は、3日ぶりでやっとうんちが出たんだ。もちろんオムツのなかだけどな。
ここのところずっと出なかったから、気分が悪そうだったんだけど、今日はたくさん出てよかったよ。3回、いや4回出たかな。
もう自分で押し出す力がないから、肛門から見えてても出ないんだ。肛門の回りを刺激したり、指でほじくったり、それでも出ないんだ。オヤジも一生懸命出そうとがんばるが、がんばった後、もう死んだようにぐったり疲れてなあ。たかが、うんち出すのでだぜ。
でも、うんちが出ると顔色まで良くなって、本当に気持ちよさそうに眠るんだよ。
いやあ、うんちとの戦いの日々だな。
もう、どんなに匂い消しかけても、ビニール袋を二重にしても、家中匂ってるよ。オレにもきっと、うんちの匂い染みついてるぜ」
最後までトイレに行かせてあげるのは、やっぱり無理だったんだね。
「ああ、体力が弱ってしまって、今はもうプライドとかそんな次元の問題じゃないんだ。体力の問題なんだ。
でもなあ、時々オレがおしっこ取ってやってるとき、オヤジの眼に涙がたまってるんだよ。あくびの涙じゃないぜ。
わかってるんだよオヤジ。本当はなにもかも。あれ見ると、オレのほうが大声で泣きたくなってくる」
生から死へと移りゆく様を、愛する者にそんなにもていねいに見守られる命もある。
5
アメリカが戦争への根回しを始めた。
パキスタン、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、NATO、サウジ、もちろん日本。でも、憲法九条はどうなっちゃうわけ?
それにしても、アメリカ人のあの星条旗狂いとアメイジング・グレイスのあの大合唱は、不気味だなあ。アブナイなあ。
こんなことでもなければアフガニスタンなんて国、ニュースで見ることさえなかった。
なんという、圧倒的な貧しさの国だろう。
あんなとこに、トマホークなんか打ち込んでどーすんだよ。
いやだなあ、そうゆうの。
戦争と干ばつで、平均寿命が45才だって。
識字率が30パーセントだって。
女子の教育も就職も禁じていて、女はいまだにベールで顔を隠さなければ外歩けないんだって……きっとまだ多くの女の人たちが、あの悪名高い女性器切除とかされてる国なんだろうなあ。イスラムだしなあ。
食べるために少年兵になる……そういう国なんだろうなあ。
それでも子どもは産まれる。育つ。生きる。
地球の富の配分は、確かに不公平だ。
ニューヨークでは行方不明者は、5000人から6000人に増えた。
いまだに煙を上げている瓦礫の映像のなかに、6000人分の肉体があったのだ。
6000人分の名字と名前と家族が。6000人分の涙とプライドが。6000人分のうんちとおしっこと、生きる重みがあったのだ……ダイハードの眼に、頭がそう言い聞かせる。
6
夜中にまた介護の電話が入る。
「そろそろ1ヶ月になる。
朝の6時半から夜は11時ごろまで、慢性の寝不足もいいとこさ。でも、オレよりおふくろのほうがもっと大変だ。夜中もだからなあ。
もうオレも、介護も手慣れたものよ。今じゃもう、オヤジがこそっと動いただけで、さっと手が尿瓶にいくんだぜ。
身体拭くんだって上手いもんだ。
まずな、かゆみを押さえる為に重曹をお湯に入れる。で、身体を支えながら顔から身体から手足の指までていねいに拭いていく。で、女にはわからないだろうけど、おちんちんってなあ垢がたまるんだ。オムツしてるとよけいにな。タオル取り替えながらお湯継ぎ足しながら、おちんちんの垢もていねいに拭いてやる。オヤジ気持ちよさそうにしているよ。
しかし実際、身体拭くのはそりゃあ力がいる。片手でオヤジの身体を支えながらだからなあ。ぐっしょり汗かく重労働だよ。オレ、介護って基本的に男の仕事だと思うぜ」
お父さん、あなたを信頼しきってるんだ。
「ああ、オレが朝行くたびに、本当に嬉しそうな顔でにっこりするんだよ。
昨日なんて『明日は仕事が抜けられませんから、来るのは夕方になりますよ』って言ったら、『早く帰っておいでね』って言うんだよ。まるで子どもみたいになあ」
でもさあ、なんか人間と人間のもの凄く「濃い時間」を、過ごしているみたいだねえ。
「そうだなあ、そう言えば本当に人間関係の中でも、こんなに密度の濃い時間はちょっとないだろうなあ。
オレの一生に2回しかない、そういう時間だな。1回はオレが生まれたとき。赤ん坊のオレは覚えてないけど、親からもらった時間。もう1回は今だ。立場が逆になって、今度はオレがオヤジに返す番だ」
7
カールビンソンが動いた。エンタープライズも動いた。キティホークも動いた。
自衛隊まで動いた。エエッ、本当にいいの? アセッてそんなことしちゃって。
バーチャルで始まった戦争は、「始まる」と言われたってワカンナイ。きっと始まったってワカンナイだろう。
そして、わからないままにたくさんの人間が死んでいくのだろう。
まず、アフガニスタンで。
そして、報復されるどこかの国で。
子どもが死ぬのだろう。
女や老人や関係のない人々が、たくさん死ぬのだろう。
少年兵も、若者も、兵隊も関係ある人たちは、もちろんたくさん死ぬのだろう。
それを、また私たちはダイハードの眼で、「凄惨な現場です──セイサンナゲンバデス」というレポーターの声を、TVの音量を調節しながら見ることになるのだろうか。
それとも今度は、私たちが何もわからないままにニューヨークの貿易センタービルのように、いきなり死んでしまうのだろうか。
そして、それをどこかの国の人たちがカウチポテトで朝まで、バーチャル画面のように見るのだろうか。
死が見えない!
生きる「重さ」が見えない!
人間が見えない!