2003年9月号(通巻第658号)
特集 ● こんな学びを実現させたい──教科書に託す夢
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表紙・写真とことば/岸 康裕(本誌編集委員)
「訪問者」
『だいあもんど』(新日本出版)の作者・長崎夏海さん(右)とさし絵を担当された画家・
佐藤真紀子さんが、三たび6年生の教室を訪ねてくれました。子どもたちはもうメロメロ。
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とびらのことば
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2002年4月。新教育課程が始まりました。それに合わせて新しい教科書が配られました。
教科書には頼らないという仲間も多いと一方では思いながらも、「教科書を教える」「教科書で教える」教室が大多数であることも現実です。義務教育を受けている日本中の子どもたちに無償で支給され、毎日のようにせっせと子どもたちは家から学校へ、学校から家へとそれを運ぶまさしく隠れたベストセラーだというのに、どうもその教科書が、おかしいのです。 「教科書がつまらない」「どこもかしこも“総合的”になってしまって」「練習問題はこれだけ?」いろいろな声が聞こえてきます。 この号では現在使われている教科書を考える一方で、日本のこれまでの教育の中で重ねられてきた、教科書に対する批判、よりよい教科書を作る試み、他の国で教科書として使われているものの紹介等を通して、現場が望む教科書像を浮き彫りに出来たらと思います。 |
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もくじ
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特集/論文1 ● 俵 義文
今なぜ教育基本法「見直し」なのか 特集/論文2 ● 丸木政臣 特集/論文3 ● 伊藤美好 特集/こんな教科書でこんな授業を(国語編) ● 中島礼子 特集/こんな教科書でこんな授業を(算数・数学編) ● 増島高敬 特集/こんな教科書でこんな授業を(音楽編) ● 松村章子 特集/こんな教科書でこんな授業を(家庭科編) ● 澤田悦子 総合学習・私たちの提案 ● 竹腰宏見
教育情報・北から南から ● 早野宏樹 手仕事のある教室 ● 成田 寛 連載「教育、生活、宮沢賢治」/第6回 ● 三上 満 連載/第3回 ● 風吹ジュン リレー連載「今を子どもとともに生きる」/第66回 ● 鎌倉 博 連載「思春期の子育て」/第6回 ● 村瀬幸浩 私もひとこと ● ※休載 |
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編集後記
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僕ら国民学校世代にとっては、「教科書」という言葉の響きには、また格別の思いが蘇る。(国民学校とは、1941年から47年までの6年間それまでの尋常小学校に代わっておかれた学校制度で、皇国民の錬成を目的として、敗戦の時まで徹底した軍国主義教育が行われた。僕は、その最初の1年生で最後の6年生であった。)
それまで、汚したり破ったりしたら先生から大目玉を食らった大切な教科書に、同じ先生の命令で、墨を塗ることになったのだ。たしか、敗戦の年の11月頃であったと記憶している。やがて、新しい教科書が配られたが裁断も製本もされていないゲラ刷りのようなもので、ハサミで切ってページを揃えて、こよりで綴じて教科書に仕立てたものだった。新制中学の最初の1年生のと気に手にした『あたらしい憲法のはなし』を、むさぼるように読んだ。丸木政臣先生が、岩波ブックレット『あの「青空」をふたたび』の中で「つかの間の青空の時代」と表現された、あの時代のことである。 あれから半世紀を超える時間が経た21世紀のいま、新たな教科書受難の時代を迎えている。その背景については、俵義文論文に詳しい。それにしても、伊藤美好さんが紹介してくださったデンマークの学校教育のなんと大らかなことか。かくありたい。かくあるべし。 (相川) |
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