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2003年2月15日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.205 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第79回目
「今こそ冷静であるべき時」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第79回目
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「今こそ冷静であるべき時」
忙しい週になりました。14日の国連安保理を前にして、ホワイトハウスのイラク攻
撃論はエスカレートする一方で、NATOの内部対立は表面化、その一方で北朝鮮の
核疑惑は憶測ばかりが広がる中で、安保理へ問題が委ねられることになるようです。
アメリカ国内はテロ警報が、「黄色(エレベーテッド=5段階の真ん中)」から「オ
レンジ(ハイ=上から二番目)」に引き上げられ、メディアの過剰反応もあって社会
を混乱させています。その一方で、先週来いろいろなTV番組に出演しているクリン
トン前大統領は、「テロは無いとは言えない。だが、アメリカ社会は停滞することは
許されない」と言い続けています。
ですがこのテロ警報に対する表立った批判は彼ぐらいで、さすがにここまでホワイト
ハウスが騒ぐと世間も平静ではいられなくなってきました。13日の木曜日のローカ
ル各紙は、州兵が配備され、沿岸警備隊のヘリや戦闘機によるパトロールなどが1面
のトップで、911以来の重苦しいムードが漂っています。
マンハッタンをはじめ、窓やドアに「目張り」をして毒ガスに備えようという人が多
いなどと、危機感を一番煽っているのがFOXニュースで、テロ警報の話ばかりを流
していますが、CNNなどは逆に「パニックになって『マジック・テープ(ガムテー
プ)』を買いに走る人は、女性が57%に対して男性が36%」という数字を女性で
あるキャスターのポーラ・ゾーンが、ワシントン州立大学教授のペパー・シュルツ女
史に分析させるなど、平静を呼びかける内容でした。
私の住むニュージャージーでも、ミネラル・ウォーターがスーパーの棚から消えてい
る、という噂が流れ、早速見に行ってきました。911の直後から、先週のコロンビ
ア号の事故まで、何かあると人々の顔つきを見に行っている大型店です。確かに「ガ
ロン(3.8リットル)・ボトル」は見事に棚から消えていました。不安心理がこの
田舎町まで来ているのは事実のようです。
ですが、500ミリリットル入りの飲用のボトルに詰めたミネラル・ウォーターのパッ
ケージは、うず高く積まれたままなのです。数年前にハリケーンの被害で浄水場に汚
水が流れ込み、上水道が汚染された騒ぎの時には、小さな一本売りのボトルまで消え
てなくなったことを考えると、人々の「不安心理」の程度が分かりました。メディア
の騒ぎを目にして、一応は水を買っておこう、という程度なのでしょう。パニックと
いうレベルにはほど遠いものでした。
NYのブルームバーク市長は、市民はどうしたら良いか、と問われて「いつでも私の
答えは同じだ。皆さん、平静を保って平常の生活と仕事を続けて欲しい。それだけだ」
と答えていましたが、語尾には怒りが混じり、表情はやつれていました。NYの人出
は平常と変わらず、ただし厳戒態勢の地下鉄は敬遠されている、と同じレポートは伝
えていました。13日木曜日の夜の状況はそんなところです。
それにしても、12日の「オサマ・ビンラディンらしき人物」の録音メッセージの
「効果」は大きなものがありました。「米軍に攻撃されたらイラク市民は見事に戦え」
という言葉が、これまで何を工夫しても証明できなかった「イラクとアルカイダの関
係」を信じ込ませる作用をしたのですから、呆れたものです。
同じメッセージには「フセインは信仰心がないから支持しない」という言葉が入って
いたのが多くのメディアでは伏せられていることもありますし「イラクにプレッシャー
をかければ、イスラム原理主義に反抗の口実を与える」などという当たり前の因果関
係に、一切目をつむっているのですから、どうしようもありません。
根拠の提示のない「テロ警報」、正体不明の「ビンラディン」発言(それも一部)、
そしてTVのニュースを埋め尽くす「クウェートからの前線報告」。こうしたメディ
アを通じた世論への刺激が、相乗効果になって不安心理へと、そして「不透明感から
抜け出して欲しい」という心理へと流れ、それが「もう時間はない」という恫喝に重
なって開戦ムードを作っています。
私は危険なものを感じます。戦争が起きる危険を越えて、アメリカが負ける危険をで
す。こうした異常な雰囲気は、国全体が「事実を直視する勇気」を失った状態に他な
りません。指揮命令系統の混乱や、士気の低下、作戦の乱れなど、軍の内部もそうで
すし、国際世論との対話などもそうです。経済の運営もそうです。危機が深まるほど、
冷静さを保って事実を見、解決法を描くべきなのに、現状はまるで反対なのですから。
今週の大きなニュースといえば、NATO内部でのトルコ防衛に関する意見の対立で
しょう。アメリカの報道は全く事実を見ようとしていません。ドイツがトルコ系移民
の大人口を擁すること、トルコ本国の世論も反戦に固まっていること、それゆえイラ
ク先制攻撃に加担してはドイツの社会自体が分裂してしまうこと、そんな報道は全く
ありません。
ドイツが、戦後に旧枢軸国という負い目を背負いながら、統一に当たってはマルクと
ポーランド回廊を手放し、国連軍への参加を一歩一歩内外世論と対話しながら進めて
きた、そんな歴史はアメリカのメディアでは、紹介もされないのです。
フランスもそうです。2月10日の『ニューヨーク・ポスト』の1面は、フランスの
ノルマンジー海岸の丘に並んだ連合国兵士の墓標の写真を大きく掲げ「忘れたのか?」
という刺激的な見出しをつけ、スティーブ・ダンリービという特派員が、「1万人の
若きアメリカ兵がここに眠っている。彼等は何のために死んだのだ。フランス政府は
何を考えているのか」とセンチメンタリズム丸出しの記事を書いていました。
私には、独仏の慎重論にはもっと戦略的なものが背景にあるように思います。イラク
との石油のヤミ取引を勘ぐる報道もありますが、それは要素として小さ過ぎます。恐
らく「反テロ戦争」なり「反イスラム」という動きが長期化する中で、ドルの凋落に
対してユーロの優位を狙っているのでしょう。一気に多極化した世界の中で、冷静に
先を読んで動いている、そんな印象もあります。
いずれにしても、経済が低迷し、国際情勢が不透明な中で一番求められているのは冷
静さでしょう。今週のアメリカは、残念ながらそれとは正反対でした。狼狽する世相
をあざ笑うかのように、東北部はこの冬何度目かの寒波で一日中冷凍庫に入ったよう
な状態、その一方でカリフォルニアは豪雨のせいで、地滑りや洪水の被害が出るなど
自然の猛威にさらされています。
そんな世相のかたわら、今週、タブロイド判の芸能誌や、法律関係のニュースを埋め
つくしたのは、クララ・ハリス事件というテキサス州ヒューストンでの裁判でした。
不倫に走った歯科医の夫に逆上した妻が、探偵を雇って夫の密会現場に乗り込み、口
論の結果ベンツの大型車で夫を轢き殺したという事件は、裁判好きのアメリカ人の注
目を集めましたが、それがヤマ場を迎えたのです。
当初は事故だとして殺意を完全否認していた妻が、そのベンツに同乗していた夫の連
れ子の娘から「マミーは明らかにダディを殺そうとした」という証言が飛び出し、こ
れと前後して、クララは「私は夢を見ていました」と涙ながらに自分が殺したことを
告白しました。ここまでは病んだアメリカの家庭内トラブルが招いた悲劇、というと
ころですが、その後の展開が思わぬ方向になりました。
弁護士が被害者、つまり殺された夫の実の親や兄弟を証言台に立たせて「被害者がい
かにひどい夫であったか、加害者がいかに良い妻であったか」を陳述させたのです。
その過程で、夫が妻に浴びせた言葉の暴力の数々が暴かれて世論の一部の同情は妻の
方に集まり出しました。クララ・ハリス被告は、劇的な場面になると涙を流し、局面
局面で激しい動揺を見せたことも、同情を集めた要因のようでした。
検察側はこれに対抗するように防犯カメラに写った犯罪シーンを公開してその映像が
TVにも流されたのですが、そこには、高速でハンドルを一杯に切って、駐車場内を
グルグル回る大きな車が映っていました。目撃者の証言では、被害者は1トン半のS
クラスで三回轢かれたのだといいます。
2月12日の最終弁論では、検察官ミア・マグネス女史が「私はこの被害者は最低の
男だと思います。この建物の向かいにある家庭裁判所なら、私は妻の側に100%立
ちます。テキサス州法では、ここまでひどい不義と言葉の暴力のケースでは、夫の財
産のほとんどを奪うこともできるのです。でも、それは人を殺して良いということに
はなりません」と、正攻法の弁論で陪審員の説得を試みていました。
その一方で、ジョージ・パーナム弁護人は、不倫に走った夫と愛人の非を攻め立てる
一方で、クララ・ハリスがいかに立派な奥さんだったかを、執拗に主張していました。
二つの最終弁論の間、被告席のクララは、ずっと涙を流し続けていました。
殺人罪で有罪なら最高は無期、傷害致死なら最高20年、過失致死なら最高2年とい
う中で、無罪を含めて四つの選択の中で陪審は紛糾して、この郡の場合は通常2時間
で終わる判決の審議に終日を要し、判決は翌日の13日木曜日になりました。混乱を
恐れた裁判所は厳戒態勢を敷く一方で、メディアは生中継になり法律アナリスト達が
好き勝手なコメントを繰り広げていました。
「衝動殺人の背景にあるのが『サザン・パッション(南部の激情)』で、復讐劇に同
情が集まるのも南部ならでは」などとNYの弁護士の解説があると思えば、そのテキ
サスの法律ジャーナリストは、「姦通罪のあった頃のテキサスでは密会の現場に踏み
込んだ夫は、妻を射殺しても無罪だった」などという「事実」を持ち出して、男女同
権の現在では逆もあるからクララの無罪もある、などともっともらしいことを言って
いました。
判決の瞬間がやってきました。法律専門の「コートTV」は、アナリストのお喋りを
サッと打ち切ると、判事が陪審員から判決文の原稿を受け取り、朗読を始めました。
「被告人は第一級殺人の起訴事実に関し、有罪と認める」その瞬間、パーナム弁護人
は下を向きましたが、クララ・ハリス被告は動揺は見せませんでした。そして判決文
の朗読に聞き入っていました。涙は一切ありませんでした。
私は、クララの涙の意味が分かりました。裁判の間ずっと流していた涙は、自責と恐
怖の涙だったのでしょう。それが有罪という判決の瞬間に、ふっ切れたのではないで
しょうか。有罪という事実が宣言され、それを受け入れざるを得ないと悟った時、そ
れまでとは別の静かな表情になって行ったのです。
私は彼女のためにも、この家族のためにもそれが良かったと思いました。今回の場合
は、死刑が適用されないことが検察と判事の間で明確になっていましたから、それも
救いでした。やはり、衝動的であっても人を殺して無罪になってはいけません。社会
の秩序もそうですが、犯人その人に人間らしさが残っていれば、やはり罪を受け入れ
てそれを償わねばなりません。
量刑の確定にはまだ時間がかかります(テキサスでは量刑のことを「センテンス」と
か「ペナルティ」ではなく、「パニッシュメント(罰)」と言うそうで、その辺も
「南部」なのでしょうが)が、無期の場合、仮釈放は40年間認められず、気の遠く
なるほどの長い時間が待っています。ですが、人間にはそういう人生もあるのです。
気の遠くなるほどの時間をかけて、罪を償うというのは死刑より残酷だという意見も
ありますが、それは違うと思います。
人の命を償うために、気の遠くなる時間を犯人に耐えさせる、それに耐えて後悔の時
間を刻む、それも人間のありようなのでしょう。刑務官の中にも、そんな服役者の相
手をしながら「改悛の情」が生まれる手助けをする、そこに仕事の意義を認めている
人もいるのでしょう。
余談になりますが、日本では名古屋の刑務所での問題が明るみに出ているようですが、
そんな刑務官の人たちに対して人々が静かに尊敬するどころか、逆に蔑むような心情
があるとしたら、それが彼等を非道な行為に追いやったとも言えるでしょう。アメリ
カでも同様の事件は多かったので、そうした前例を参考に刑務所の信頼を取り戻して
欲しいものです。
罪と罰と、人の命と。即決での公開処刑や、復讐殺人の奨励など、昔の世の中には様々
な残虐が認められていました。それを一歩ずつ乗り越えて、冷静さをもちながら、時
には気の遠くなるような時間に解決を委ねる、そんな知恵ができてきたのは、良いこ
とだと思います。
個人だけでなく、国際政治も同じです。激情や恐怖心が、理性的な判断を失わせ、結
果的に全員が不幸になるような事態が進行しています。もつれにもつれた国際関係の
糸は簡単にはほぐれません。冷静に、時間をかけて、野蛮に人の命をやりとりするこ
となく、冷静に対処して行きたいものです。
冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm04-22
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まぐまぐ: 19,068部
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