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2003年3月8日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.208 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第82回目
「感情の支配」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第82回目
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「感情の支配」
イラク攻撃への意思決定は「数週間ではなく、数日の問題(NBCのワシントン総局
長、ティム・ラサート)」になってきたと言います。第一次湾岸戦争の際に、ブッシュ
(父)大統領から、シュワルツコフ指揮官への「戦闘準備命令は戦闘開始の19日前、
戦闘開始の極秘正式命令は2日前(ボブ・ウッドワード)」だったそうで、それが本
当だとすると、恐らくは今まさに歴史の転回点を迎えていることになります。
6日の晩、東部時間の8時からブッシュ大統領のTV記者会見が行われました。じつ
に不思議な会見でした。短いスピーチに続いての記者からの質問では、反戦論の根拠
となるような突っ込んだ質問が続き、それに対して「論点のほとんどにはストレート
に答えず、感傷的 (sob) に流れた異例な内容(ボブ・ウッドワード)」でした。
やりとりは、例えば次のようなものです。※は、会見後のジャーナリスト達の声をま
とめたものです。
(質問)「ベトナムでは、大勢の米兵が血を流しました。ですが、敵の政権転覆など
は実現しませんでした。にもかかわらず、以降ベトナムはアメリカにとって脅威になっ
たことはありません。この事実を、ベトナム戦没者の遺族にはどう説明しますか?」
(大統領)「それは大事な質問 (great question) だ。今回の目的はベトナムとは違
う。武装解除が目的で、そのための政権転覆だ」
※団塊世代からの典型的な疑問で避けて通れない質問だったという解説が多いのです
が、回答は意味不明でした。ただ、保守派が聞くと、今度は負けないという宣言に聞
こえるというのですが、そんなバカな、という感じです。
(質問)「最悪のケースで、米軍の犠牲は、イラクの民間人犠牲は、そして累積戦費
はどのくらいになるのか?」
(大統領)「とにかく、犠牲は最小限に抑える」
※これも具体的な答えはありませんでした。この関連では、大統領が何度も繰り返し
ていたのは、「私は毎日祈っている。戦闘があったら、米兵の犠牲がゼロであって欲
しいと。イラクの民間人犠牲もゼロであって欲しいと。私は平和を祈っている」とい
う台詞です。
まあ、代表的なやりとりはこんな感じで、「世界に満ちた反戦の声をどう受け止める
つもりか?」という質問には「私は平和を祈っている。私も戦争には反対だ。言論の
自由は結構なことで、イラクにはないものだ」と逃げ、「英国の妥協案が出て、そし
て否決された場合の功罪はそれぞれ何か?」というこの日の時点では、本質的と思え
る質問には「しまった、その質問にはメモを用意していない」と場内を笑わせて逃げ、
適当な一般論でごまかしていました。
ジャーナリスト達の声としては「無条件、即時の査察が実行できているかがポイント」
という下りは、翌日のブリクス最終(?)報告への圧力であることと、英国が用意し
ている「修正決議案」を安保理の採決に回すことを明言したのは「具体的な内容(C
NN、アーロン・ブラウン)」だったそうです。事情通からは、採決を避けて戦争に
突入する観測もあったのが、多少ましになったという声もありました。
ただ、全体的には余りに無内容で、弱々しい中身でした。その中で、私には恐ろしい
と思った点があります。この記者会見の中でブッシュ大統領は「911が自分を変え
た。911以降、単なる戦略志向は止めた。世界を見回して脅威がどこになるのか、
そして脅威が本当なら、911の教訓に学んで脅威を除去するのが私の責務だ」と明
言していたのです。これは、アルカイダとフセインの直接の関係はともかく、911
の被害者の正義と恐怖心を攻撃的憎悪に変え、なおかつ冷静な戦略志向を止めたこと
を認めた発言でした。
この点に直接触れてではありませんが、有名な「大統領制歴史学者」のドリス・K・
グドウィン女史は「何らかの理想主義を持ちながら世界戦略にコミットしてきたアメ
リカ大統領制の終焉」という悲痛なコメントを発していましたが、正にそういうこと
でしょう。グドウィン女史は「二大超大国が、お互いに競い認知し合っていた状況」
よりも「はるかに不安定な事態を招く」とブライアン・ウィリアムス(NBC次期論
説主幹)と一緒に嘆いていました。
ジャーナリスト達の解説を総合すると、この日の記者会見は「国内向きではない」そ
うで、国内の分裂はもう埋めようがないが、外国へ向けて「アメリカは分裂の苦悩を
していますよ」という感傷的 (sob) なメッセージを送って、例えば英国の世論を誘
導するのが主目的なのだそうです。本当にそうなら、ブッシュも相当な役者だという
ところでしょうが、私には「あわよくば国内の分裂も鎮めよう」という目論見だった
のが、失敗に終わったと見えました。つまり分裂状態のまま戦闘に突入するという一
種の決意宣言に他なりません。
記者会見の前の番組で、空軍ドン・シェパード少将(退役)がCNNに出演していま
した。現在湾岸に駐留して命令を待っている兵士は大統領の記者会見に何を期待する
のかを問われて「今行っている子達(キッズ)は、みんな新兵ですよ。第一次湾岸と
かを経験した子は少ないんです。新兵はやっぱり怖いと思いますよ。できたら、今す
ぐにでも帰還命令をもらって国に帰りたいんじゃないでしょうか」と答えていました。
今日現在必死に防空壕を掘っているというイラクの人々もそうですが、米兵も「感傷」
だけで命をやり取りをさせられてはたまらないのだと思います。
こうした動きを受けて、全米の大学では5日の水曜日から毎日、波状的に激しい反戦
デモが続いています。ニュージャージー州立ラトガース大学でも、この木曜日は遠く
の州都トレントンで大きな集会があり、キャンパスはガラガラ、一部の授業では(厳
格に出欠を取るにも関わらず)半数が欠席という状態です。地元の新聞によりますと、
反戦運動は高校レベルに広がり、モントゴメリ町立高校では、学校前での集会に通り
がかった大人たちの車が高校生達に「賛否」を表したり、といった盛り上がりになっ
ていたといいます。
異常な事態です。国論の分裂もさることながら、大統領が記者会見で質問攻めにあい、
それを全てはぐらかしたというのは大変なことですし、具体的な損得や戦略ではなく、
感傷的なムードで押しきろうというのも恐ろしいことだと思います。では、どうすれ
ば良いのでしょう。この恐ろしい時代をどう生きてゆけば良いのでしょう。
私は、やはり感傷であるとか感情的ということが鍵のように思います。感情を捨てて、
冷静な損得を長期的に考えるのが正義ならば、感情的とは一時の恐怖感や自尊感情が
行動の基準になるということです。人間は感情の動物とはよく言ったものです。こう
いう時代には、そうした感情が社会を左右してしまうことを分かった上で、人々がそ
れを計算に入れて合理的に行動することが求められるのでしょう。
例えば、ブッシュ大統領は感情に訴えて支持を稼ぎ、その裏ではクリントン時代に冷
や飯を食っていた石油産業や軍需産業と結託した政治家や官僚が暗躍している、とし
ます。更に、ITと金融主導のグローバリズムの負け犬になる恐怖を持っていた中西
部の保守派的心情が支持しているとか、NY周辺の保守派も911のトラウマから反
戦を言えない、という観察も可能でしょう。
ですが、こうした観察が事実だとして、感情の暴走に対して、感情で対抗しては駄目
なように思うのです。感情の暴走を知りつつ、それを計算に入れた上で、感情ではな
く冷静な態度で対抗する。そして、どんな事態になっても思考停止には陥らないよう
にする。苦しいのですが、そのようにして生き抜くしかないように思います。
CNNの6日朝の「アメリカン・モーニング」に出演していた、有名な旅行雑誌『コ
ンデ・ネスト』のケビン・ドイル氏の発言は傑作でした。番組のコーナーは「イラク
攻撃が現実になった場合に、アメリカ人が国外旅行する時の注意事項」という特集で
した。
まず世論調査(らしきもの)が掲げられました。「イラクとの戦争になったら、アメ
リカ人は国外旅行をするときに、何らかのイヤな思いをすると思う人が62%」だと
いうのです。「さあ大変です。どうしたら良いでしょう」キャスターのビル・ハマー
が聞きます。「とにかく海外旅行をしないのが一番ですね」
ですが、ドイル氏は違うというのです「今現在、大西洋線の運賃は大バーゲンになっ
ています。NYからアムステルダム往復で、219ドルという料金も出ています」ハ
マーは驚いた顔をします「往復料金ですか?それは安いですね」この辺りからは、キャ
スターも完全に共犯です。「では、戦争となればもっと下がりますね」
「では海外旅行中に心配になったら、どうすれば良いのですか」、「実は、ここだけ
の話ですが、アメリカ系の旅行会社は現地の状況を今一つ把握していない危険がある
んです。イザと言うときは、イギリスの旅行社に行って情報を収集するのが得策でしょ
う」なるほど、とハマーは驚いたふりをしました。
「良く分かりました。でも、イギリスも交戦国になりますね。イギリス関係の場所も
危険になるのではないですか」とハマー、ここでのドイル氏の答えが傑作でした「そ
ういうときは、カナダ人のふりをするんです」そこでご丁寧にテロップが出たのです
「ドイル氏:危険を感じたらカナダ人のふりをするのも一案」
笑い事かもしれません。ですが、私には庶民感情と視聴率という名の報道統制に対し
て、実に巧妙な「反戦」メッセージに聞こえました。これだけですと、笑い事に流れ
て効果は大したことないのかもしれませんが、こうした報道の積み重ねで、一連の事
態のバカバカしさに気づく人も出てくるのではないでしょうか。それにしても「そう
いうときはカナダ人のふりをするんです」というのは傑作でした。
いずれにしても、今日の時点では国論は真っ二つに分裂したまま、最終局面を迎えて
います。国益などの損得計算はまともに議論されていません。パウエル報告の「新証
拠」なるものが、国外だけでなく、国内でも今一つ信用されない中で、表面的には9
11に関連した感情が先制攻撃の唯一の根拠とされる居直りがされたということです。
CNNのアーロン・ブラウンは「イラクの話なのに911への言及が11回」と丁寧
にカウントしながらイヤな顔をしていました。
ブッシュは「2002年の9月12日に国連で喋ったように」ということも、一晩に
三回ぐらい言っていました。思い起こせば、2002年の9月11日、911の一周
年の日に「自由の女神の夜景」を背後にTV演説したブッシュは、始めて具体的にイ
ラクへの敵視を明確にし、翌日の12日に国連で演説したのでした。それが現在の事
態の始まりです。
更に遡れば、2002年の1月29日に「年頭一般教書」で「イラク、イラン、北朝
鮮」を「悪の枢軸」と名指しで敵視をはじめ、それ以来様々な形で事態が進行してこ
こまで来たとも言えるでしょう。その具体的な戦略が明らかにされないまま、感情に
訴える手法と911のトラウマを悪用する中で、ここまで引っ張ってきたというのが
真相でしょう。バクダットにミサイルが撃ち込まれる日は、911後の世界が終わる
日となるのでしょう。
冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm04-22
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