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2003年2月22日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.206 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第80回目
「さまざまな誤解」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第80回目
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「さまざまな誤解」
大邱(テグ)市の地下鉄火災は悲惨でした。駅に進入してきた電車の方で犠牲者が多
く出た、というのは胸が痛みます。運転士が煙の侵入を恐れてドアを閉めてしまった
という判断さえなければ、と悔やまれます。これは結果論なのでしょうか。どうもそ
れだけでもないようです。人間が危険な事態に遭遇した時、とっさの判断として「何
かに囲まれて守られたい」という心理が働くことがあるようなのです。
この場合は、運転士が外部の炎と煙を見て「ドアを閉めれば安全」という判断をして
しまったこと、そして多くの犠牲者の人は、停電で暗黒になった駅構内へ逃げる判断
がつかずに車内に閉じ込められて亡くなった、ということもあるようなのです。より
危険かもしれない外部よりも、自分の居場所にこだわる防衛本能が裏目に出た、惨事
の背景にはそんな心理もあるようです。
同じことが、テロ警報に怯えた2月13日前後のアメリカにも言えます。生物化学兵
器のテロがあるかもしれないからと、多くの人が「ガムテープ」を買いに走りました。
テープの中でも、エアコンの暖気が「漏れない」ように「ダクト」の結合部を密閉す
るための「ダクト・テープ(ダク・テープと発音する)」が「一番良い」とされて、
全国の金物屋(ハードウェア店)から消えてなくなったと言います。
これも大邱の運転手や乗客と(犠牲になった方には失礼ですが、あえて言わせていた
だくなら)同じ誤解に基づいています。本当に化学兵器で攻撃されて、空気中に相当
量の毒素が含まれていたとして、ダクト・テープで家を塞いで我慢するのが得策なの
でしょうか。むしろ逆で、本当に危ない状況であれば、一刻も早く新鮮な空気のある
場所へ逃げる方が生存の確率は高いと思います。
第一、戸外の空気が瞬時に致死量に達するほど毒素の濃い状態であれば、ダク・テー
プの「目貼り」で何とかなるというのは、甘いと言わざるを得ません。どんなにダク・
テープで密閉しても、空調を通じて毒素は入ってくるはずで、そうなると大気の循環
で毒素が消えるのが早い戸外よりも、密閉した室内に我慢していた方が致死量摂取の
危険は高くなる可能性もあります。
アメリカで唯一と言って良い生物兵器テロ事件は、2001年秋の炭疽菌事件でした
が、これも郵便物に仕掛けられた粉末状の菌が密室で開封された時に、深刻な被害を
もたらしています。その教訓とも反しています。それよりも何よりも、「外が恐いか
ら、内にこもれば安全」という心理が、誤解以前の思考停止状態だと言うこともでき
るのでしょう。
そんなテロ警報パニックも急に沈静化してゆきました。「プレジデントデーのブリザー
ド」という皮肉な名前のついた大雪が、ワシントン、ニューヨークを含む北東部の社
会を麻痺させたために、それどころではなくなったというのが真相でしょう。その一
方で、イラク攻めの動きは、いよいよ秒読みと言う雰囲気になってきました。
その「目貼り」ならぬ、生物化学兵器の防護服を着用して陸戦を戦うには、4月に入
ると猛暑のためにうまく行かなくなる、というのが、ありとあらゆるメディアを通じ
て派手に宣伝されています。ニュアンス的には、3月いっぱいもたせれば米軍が暴発
しないで済む、という期待感もある一方で、18日あたりからの「空気」は、とにか
く「行く」方向になってきています。
これを受けて、日本の原口幸市国連大使が18日の国連総会で行った演説はずいぶん
思い詰めた内容でした。結語の部分が特にそうで、原文は "Japan sincerely hopes
that the Security Council will be united and take effective action to
fulfill its responsibilities for international peace and security." という英
語で、外務省のホームページが「仮訳」として出している日本語は「日本政府は、安
保理が、このような現実を踏まえ、一致団結して効果的な行動をとり、国際の平和と
安全に対する責任を全うすることを期待します。」というものです。
まるで、米英が来週、23日の週に提出するらしい「武力行使決議案」に安保理メン
バーが「一致して」同調せよ、というもので、外務省にしては大胆な行動と見えます。
ですが、ここにも大きな誤解があります。まず、蛮勇をふるって「全方位外交」や
「国連中心主義」の建前をかなぐり捨てているように見えながら、大した効果はなさ
そうなのです。
何よりも、演説の効果が大したことがありませんでした。TVジャパン経由のニュー
ス映像で一部を見ただけですが、原口大使は「目線」や身ぶり、表情などは一切使わ
ず、座って原稿に目を落としながらの棒読みでした。その英語も、わざわざ子音と子
音の間に母音を、つまり's' を 'su' に変えると言ういわゆる純粋カタカナ発音で、
しかも強勢アクセントを外した平板な早口でしたから、誰にも意味の分からない不思
議な演説でした。
私は、今度の国連大使は英語とは縁の薄い方なのか、と思いましたが、そんなバカな
ことがあるわけがありません。これは、完全に儀式であって、会議の席上で外交力を
発揮するつもりは更々ない、そんな意図の演説だったようです。小泉内閣としては共
和党政権の戦略に乗っかるのは、既定路線であって、今回の国連演説は国内向け、つ
まり政界メンバーの反応をうかがい、世論の反応を探るためのアドバルーンだったの
でしょう。
もう一つ付け加えるならば、今週末のパウエル国務長官のアジア歴訪への「歓迎」に
なると踏んでいるのかもしれません。ですが、ここにも、深刻な誤解があります。ま
ず、先制攻撃について日本が積極的に支持してくれれば、アメリカが歓迎してくれる、
という点です。
確かに、ホワイトハウスの中枢は歓迎してくれるでしょう。問題は世論です。アメリ
カの世論の主流は親日です。経済の上で深刻な脅威とはみなされなくなった一方で、
アニメやゲーム機、洗練された自動車やデジカメなどは、アメリカの消費者の心を深
くつかんでいます。日本食も、キモノも、いや日本語までがアメリカの日常に入り込
んでいます。
日米関係史にトゲのように突き刺さった事件と言うべき「真珠湾攻撃」も、二年前の
『パール・ハーバー』という映画では、娯楽大作の背景として扱われただけで、映画
を契機に反日感情が吹き出すと言うことはありませんでした。
ですが、それもこれも「日本が平和国家だから」という前提があってこそなのです。
軍事面について積極的な姿勢を見せると、そうした日本のイメージは吹き飛んでしま
い、第二次大戦の枢軸国としての非難や警戒が出てくることは覚悟しなくてはなりま
せん。
松井選手やイチロー選手に注目が集まり、『ゼルダの伝説』に大人も子供も夢中にな
り、映画評論家が『千と千尋の神隠し』を絶賛し、多くの人が上手に箸を使いながら
寿司を食べている。これが、今のアメリカの現実です。だから、湾岸で味方をすれば
「もっと喜んでくれるだろう」という考えがあるとしたら、全くの誤解です。
日本文化になぜ注目が集まるかといえば、プロテスタンティズムの独善に落ち込んだ
「アメリカ的なるもの」に多くの人が疑問を持っているからなのです。野球の場合は、
薬物に頼ったり、負けゲームを人のせいにする選手たちに飽き飽きしているから、日
本選手の真摯な姿がアメリカの野球ファンの胸を打つのです。ディズニーの勧善懲悪
ばかりのアニメが大嫌いな人が多いから、ミヤザキ・フィーバーが起きるのです。
ソニー製品の繊細なデザインは、無骨な電子機器の冷たさがイヤな人たちに受けるの
ですし、トヨタや日産のスマートな自動車たちは、大味な「アメ車」がもう沢山と思
う人が多いから売れるのです。寿司や豆腐のブーム、最近では緑茶まで人気になると
いう現象は、もちろんアメリカの食事が不健康だと気付いているからに違いありませ
ん。
そうした日本ブームの背景には、平和、環境、健康、繊細、丁寧、柔和、堅実、コン
パクト、クリーンといったキーワードがしっかり確立しているのです。そうしたイメー
ジを好む人は、デモ隊に参加するわけではなくても、どちらかと言えば、今回の湾岸
での先制攻撃に反対する人たちです。それに日本政府が支持し、加担することは、そ
うした日本のイメージを壊すものです。イメージだけではありません。実際に日本の
アメリカ市場向けビジネスに悪影響を与える危険があるのです。
本田技研の藤沢武夫氏、ソニーの盛田昭夫氏、松下の高橋荒太郎氏など、日本企業の
国際化には財界人の人たちの血のにじむような努力がありました。日本が貧しい敗戦
国として全く信用のなかった時代に、こうした人たちは、決して卑屈にならず、しか
し誠意を込めて日本製品を売り歩き、一歩一歩信頼を勝ち得てきました。その全てが、
日本が平和国家だから、という大前提があってのことなのです。
911以降、車の屋根に星条旗をつけるのが流行しました。あの時も、本田やトヨタ
の、それも最も堅実なイメージの「アコード」や「カムリ」に乗っている人には、星
条旗をはためかす趣味の人は少なかったように思います。この欄でもご紹介しました
が、アフガン攻撃の直前に平和への祈りを込めて行われた、ジョン・レノンに捧ぐ平
和コンサート『イマジン』でも、アメリカ・トヨタがTV中継のメイン・スポンサー
を引き受けていましたが、それが実に自然でした。反米だから外国車を買う、そんな
単純な心理ではありません。実用的で洗練されていて、威圧感のない「日本文化」そ
のものが反戦のメッセージにピッタリと重なっていたのです。
外交官や、外交官に案内してもらって旅行する政治家の人たちは、アメリカの国務省
やその関係の「国際政治学者」たちのことしか知らないのでしょう。だから「靖国問
題は難しいけれど、日本の防衛自主性が出てくるのなら、まあ仕方がないだろう」な
どという実にいい加減な「ご託宣」を得て「まあ、そんなものか」と思っているので
しょうが、間違いにも程があります。
ブッシュ政権にしても、日本人が考えるような「後ろめたいことを一緒にすれば堅い
友情が生まれる」というような甘い姿勢は全くないと言って良いでしょうし、イラク
攻めで恩を売っておけば「核の傘」で守ってくれるから安心、というのも誤りです。
抑止力の効果を期待しつつ、一緒に先制攻撃をするという行為の自己矛盾は、子供に
も分かる理屈でしょう。
第一、北朝鮮の話は、ミサイル迎撃構想に日本のカネと技術を引きずり出すまで、ペ
ンタゴンとしては「核の傘の均衡より『やや恐い状況』を維持したい」と見るべきで
しょう。つまり不安定性をはらんだ紛争状態、いわば臨界すれすれの核燃料のような
状態を維持したい、リスクは覚悟、というのが本音であると思います。そのリスクと
言うのは、日本と韓国が背負うのですから、たまったものではありません。
もっと言えば、アメリカの核の傘だけでは心配で「迎撃システム」に頼りたくなる状
況に日本を置いておきたい、それがペンタゴンの本音と見るべきでしょう。それこそ
「何かに囲まれて守られたい」状況に日本を追いつめておこうというのです。日本か
ら悪事に加担してまで「お願い」する性質のものでは全くありません。
経済の改革が進まない分、軍事面で協力すれば判断先送りへの「お目こぼし」がある
だろうというのも、間違いです。第一、ペンタゴンは今回の計画を「後ろめたい」な
どと思うお人良しではないのですし、日本経済の改革を待っているアメリカの経済界
の主流は、本音の部分では戦争には反対なのですから。
とは言え、いよいよ切羽詰まってきました。反戦運動に命をかけて、イザ開戦となっ
たら、自分だけは無実だとして思考停止、という訳にも行きません。中東に火がつい
たら、その火がアジアに飛び火することだけは避けねばなりませんし、何よりも大量
破壊兵器を「使わせる」挑発を米軍がしないよう戦闘レベルの問題にも国際世論が圧
力をかけてゆかねばなりません。
そんな中、大リーグ各球団のキャンプ情報が、一斉にメディアを飾っています。野球
はアメリカの国技なのだから、大リーグのファンはさぞかし好戦的なのだろう、と思っ
たら、それも大きな誤解です。今日、たまたま配達されてきた『スポーツ・イラスト
レイテッド』誌は、キャンプ・インの特集を大きく組んでいるのですが、冒頭に掲げ
られたトム・ベルドゥッチという人の記事は不思議な文章でした。
「春のキャンプは、いつも希望に満ち無限の可能性を感じさせる。だが、今年ほど野
球という夢が帰ってきたことが嬉しいことはない」というベルドゥッチの文章には、
イラクという言葉はどこにもありません。ですが、長い野球の歴史を回顧しながら、
ソーサ監督の改革が成功した昨年の覇者エンゼルスを賞賛し、同じくサンフランシス
コをリーグ優勝に導いたベーカー監督が指揮を取るカブスへの期待を書く筆は、純粋
な野球への愛情だけが書かせたにしては感傷的でした。
その文章の中には「ほんとうにこの時にキャンプインで良かった」とか「希望」とい
う文字が沢山出てくるのです。一見すると、スト騒動や球団削減問題などがあったけ
れど、キャンプインにこぎつけて良かった、という内容なのですが、書き方の中には
重苦しい戦争ムードへの反発と、野球への素朴な夢が感じられました。
松井選手が日本の報道陣と応対している写真も好意的な扱いで掲げられていました。
もしかすると戦争があるかもしれません。ですが、松井選手が「戦争好きな悪い人た
ちのために」プレーすることになる、というのも誤解です。物量作戦で襲いかかるだ
けでは勝てないのが野球です。卑怯な行為も結局は露見し、人には見えなくても真摯
な努力が認められるのが野球です。そんな野球を心から愛している人は、一連の事態
に心を痛めているのです。古い言い方ですが(そしてやや逆ですが)、それこそ「声
なき声」は平和を求めている、それが球春への思いに他なりません。
松井選手について言えば、社会保障番号の取得に苦労したり、キャンプでは早速エー
ス級が打撃投手に出てきたり「苦労している」というのが日本のメディアのトーンで
すが、どうもこちらも誤解のようです。社会制度の違いを好奇心をもって体験したり、
一つ一つのメニューに「明確な意図」のある練習方法に納得したりしながら、伸び伸
びと異文化との出会いを楽しんでいるように私には見えます。
陽光のフロリダを離れて、東北部に視点を戻しますと、イヤなニュースばかりです。
20日深夜のロード・アイランド州で起きたナイトクラブ火災は全米に衝撃を与えて
います。ロックバンドの仕掛けた花火に引火して、舞台が炎上し短い時間に建物が全
焼したというのです。21午後までに判明した死者は85名に達しました。16日に
起きたシカゴのナイトクラブで21名が圧死した事件といい、まるで嫌な世相を避け
て密室での熱狂に逃避していた人たちが、そのまま犠牲になっているようです。
燃える舞台を見ても異変に気付かず「すごいショーだ」と喜んでいた酔客が、逃げ遅
れると出口に殺到して出るに出られずそのまま大勢亡くなっているというのです。人
間とはなんとはかなく、悲しいものでしょう。そのような人間には、いかに横暴な政
治家が支配しているとはいえ、大勢の人々の閉じ込められている「国家」に戦争を仕
掛けることは、やはり許されないように思うのです。
21日にはNYのスタッテン島の石油備蓄タンク火災のニュースも流れました。私に
は真っ黒な煙の映像が、91年の湾岸戦争の光景を思い起こさせました。こちらも失
火であって、テロとは無関係のようですが、心理的には重苦しさが積み重なるのを感
じます。こんな状況では、せめて球春の喜びだけはという思いも、沈みがちになって
きます。そんな中で、来週はイラク問題について、いよいよ心しなくてはならないよ
うです。
冷泉彰彦:
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『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
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JMM [Japan Mail Media] No.206 Saturday Edition
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まぐまぐ: 19,003部
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発行部数:115,261部(2月16日現在)
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