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● 2003/08/31(日)
おととい書いた「不動産広告」のトライアルの結果……「採用」されました。
土曜日の昼になってもメールがなかったので、「ああ、ダメだったんだなぁ」と思っていたら、昼過ぎになってメールでなく電話をもらいました。(ダメならダメでいいやと思っていたんですが、ま、今回は縁があったということでしょう。)
さっそく午後4時に横浜の関内にある元請けの会社の事務所へ行ってきたんですが、発注元の雑誌は「ぱど」という無料配付の週刊情報誌でした。
火曜日の夕方4時が入稿の締め切りなので、これから毎週火曜日は遊べなくなりそう?(週刊誌はこれがはじめての経験なのでちょっぴり不安……です。)
きょうは、校正紙が戻ってきた『オラ家の母ちゃんモンゴルさ行ぐど』の直しの作業をしています(進行中)。火曜日が使えないので、なんとか明日中には表紙カバーはともかく、本体部分だけは仕上げたいもんだと……。
そうだ、火曜日の夜には革新町田の会の幹事会があるので、サンプルページの仕上げも、なるべく明日中に終わらせておかないといけなかったんだ。
「火曜日の昼はあけておかないといけない」というのは、やっぱりちょっときつかったかなぁと思わなくもないけれど……、ま、がんばろう。
ところで、女子マラソン、やりましたね。野口選手の銀メダルももちろんすごいですが、千葉真子選手の銅メダルが見ていてうれしかったなぁ。
いちど「挫折」を経験した人間が再び輝く姿を見せてくれるというのは、それがどんな分野であれ、とてもうれしいことです。おめでとう!
● 2003/08/29(金)
実は、この忙しいのに、新しい仕事「不動産広告更新担当オペレータ募集」というのに応募してしまいました。(「うちの仕事はどうなってるんだぁ?」という声が聞こえてきそうですが……ごめんなさい。でも、もちろんフルタイムの仕事ではありません。サーバからダウンロードした元ファイルに、ファックスで送られてくる原稿にもとづいて手を加え、出来上がったらサーバにアップロードするという形で進行する、週に1〜2回程度の請負仕事です。)
イラストレータというソフトを使って、『週刊住宅情報』みたいな定型のベタ広告の版下をつくる仕事です。
この手の募集には以前、「間取り図のトレース担当者募集」というのにも応募したことがあるので、今回が2回目。
で、びっっくりしたんですが、応募者はなんと50人もいたとのこと。
何が評価されたのかわからないんですが(横浜の会社なので、たぶん居住地の近さか?)、書類審査でその中から私を含め5人が選ばれたんだそうです。
で、そのトライアル(試験=実際の広告を実際と同じやり方で1ページ分つくるというもの)を昨晩から今朝にかけてやり(世界陸上を聞きながら、時々は見ながら。200mの末續選手、やりましたね!)、一眠りしたあと、再点検をしたうえで、指定されたサーバにアップロードしました。
結果は、採用者のみに明日の朝メールで通知されるとのこと。午前中にメールがこなければ「不採用」というわけ。(もし、「採用」なら、明日さっそく打ち合わせに行くことに。)
しかし、あんまり大きな声では言えませんが、それほど割のいい仕事とも思えないんですけどねぇ。それが、50人とはなぁ……。
午後からは、オフリールの「まいダイアリー」のページの更新を。 お店の夏休みを利用して、京都へ行ってこられたとのこと。「暑かった」ってそりゃ、暑いですよねえ。なんたって京都だもんなぁ(理由になってない?)。
私も何度か夏の京都には行ったことありますが、ほんと、むっとくるような暑さです。でも、だからこそ、それをどうしのぐかという独自の文化が発展したという側面もあって面白いんですけど。
だいたい秋の「研究旅行」(修学旅行にあたるものですが、和光高校では選択授業の講座ごとに分かれて行ってます、今も。私はその講座の中の「日本美術史」というのを担当してました)の下見で行ったのがほとんどなんですが、いちどだけ夏の京都に家族3人で行ったことがあって、その時は1日目のホテルの部屋で、まだ就学前の娘を「高い、高い」してるときに首を痛めてしまい、すぐ病院に行くはめに。で、2日目は春恵と娘の二人は高雄の神護寺へ、私はひとりホテルで寝てたという情けない思い出もあります。(暑さとはあんまり関係なかったですね。)
● 2003/08/27(水)
今晩が「火星大接近」の最接近日とのこと。見えました?
今(23時30分)見たら、南の雲間にひとつだけ星が見えてるんですが、あれがそうでしょうか?
でも何日か前に見た時ははっきり赤く見えたのに、今見えてるのはそれほど赤くないから違うのかも……、日頃から観察されてる方にはきっと違いがわかるんでしょうが、「違いがわからない男」としては、いかに普段星空を見ていないか、をあらためて思い知る今回の「火星大接近」でした。
『オラ家の母ちゃん、モンゴルさ行ぐど』の表紙カバーサンプル、著者の方に気に入っていただけたようです。よかったぁ。竹島さんからの留守電でお知らせいただきました。
最終的にはまだこれから手を加えていきますが、とりあえず見ていただいたサンプルはこちらです。
文字の色が派手でちょっとゴシップ系週刊誌みたいな雰囲気がただよっていなくもない?んですが、これ、いちおうモンゴル国旗の色使いなんですね。
いえ、別にモンゴル国旗をけなしてるわけではないんですよ。
きょうは、夕方、革新町田の会のホームページづくりの件で、臼井さん・長崎さんと3人で打ち合わせ。
次の幹事会は9月2日なので、それまでにトップページのサンプルをあと2種類つくることに。
ひとつは、町田を象徴するような写真(とりあえずの候補は「薬師池公園」)をつかったもの、もうひとつは「今月の顔」みたいな感じで人物の写真をつかったもの、にしようかなぁと……。
● 2003/08/25(月)
あれ、ちょっと休んだだけのつもりが、ずいぶん更新あいてしまいましたね。
20日にたかしまさんのホームページの更新をしたあとは、ずっとSTEPの書籍『オラ家の母ちゃん、モンゴルさ行ぐど!』の本体部分の制作をしてました。総ページがどれくらいになるか、最後までやってみないとわからなかったんですが、昨晩ようやく最後までたどりつきました。
で、全部で306ページ。
写真がかなりたくさんあったことでだいぶ手間どりましたが、ともかく、今朝ゲラ刷りをおえ、表紙カバーのサンプルをとりあえず1点だけ作成して、夕方発送を終えました。ふぅ、疲れた〜。
革新町田の会のホームページ作成の仕事が遅れているので、明日からはそちらにかかる予定。
そうそう、赤い風船パンフの制作代金が確定したそうで、「請求書送れ」の連絡をきょういただきました。さっそく請求書を発送。振り込みは10月とのこと。
それはともかく、これから室伏のハンマー投げが始まります。さ、応援しなくっちゃ!(私、中学・高校と陸上競技をやっていたもんで……。)
● 2003/08/19(火)
きょうは、『生活教育』10月号のテキスト入力を1本と、8本分の校正用原稿の出力を。夜、事務局の中村さんのお宅まで届けてきました。
明日、『生活教育』9月号の発送作業のお手伝いに来られる埼玉の小川先生らと校正をしてくださることになっているので。
きょうも1日中、雨が降ったりやんだり。
うちから車で5分くらいのところに農協の直売所があって、「鶴川の○○の○○さんがつくりました」と生産者名が明記された新鮮な野菜が手に入れられます。
春恵は最近、けっこうここをよく利用しているようですが、「きょうはなすがえらく高かった」とのこと。いつもなら朝のうちに売り切れてしまう枝豆が午後になってもまだ残っていて、「こんな天気じゃビールに枝豆っていう気にはならないわよねぇ」とも……。
● 2003/08/18(月)
きょうはSTEPの書籍用の写真(全部で93点と資料が2点)のスキャナーによる取込みを。朝からかかり、夜になってようやく完了しました。
モンゴルとインドで撮影されたものが半分ずつですが、写真を通しても空の色の違いが感じられるし、衣装の色がまたよく映えています。
それと、土地の人のしっかりとカメラを見つめる視線の強さも印象的。有機農業の視察もプログラムに入っていたようで、農民をはじめ現地の人との交流が深く行われたんだろうなということも感じました。
自分も刺激を受けて、まだ写真の色があせないうちに、娘が小学3年生のころから毎年行っていた北海道のキャンプとか、4年前に行ったはじめての海外(イギリス)旅行など、旅行記をまとめてみたくなりました。(いつのことになるか、まったくわかりませんけど……)
やっぱりと思ったのは、米価が10年ぶりの高値という新聞記事。
10年前といえば、緊急に輸入された外米といっしょでないと国産米が買えなかったんでしたよね、あの時は。ずいぶんあこぎな商売をやってひんしゅくをかった米屋もありました。またあんなことになってしまうんだろうか?
● 2003/08/17(日)
朝のうちちょっとだけ日が差してきょうは晴れるかと思っていたら、結局午後からまた雨。この時期にこれだけ冷たい雨が続くと、そろそろほんとに深刻な冷害になるのでは?と心配になってきます。
きょうは、朝から『生活教育』10月号のテキスト入力のつづき。現在いただいている7本分については、夕方までにほぼ完了しました。10月号の特集テーマは、「学校行事」です。
明日からは、中断していた、書籍『おら家の母ちゃん、モンゴルさ行ぐど』の仕事を再開する予定。
● 2003/08/15(金)
きのうは、久しぶりに実家へ行ってきました。二人とも元気で何より。
で、その帰りに、これも久しぶりに家族3人で映画を観てきました。「踊る大捜査線2」なんですけど。
それほど期待してなかったからがっかりもしなかったんですが、「だから女は……」みたいな筋だてが気にいらないなぁ、とは春恵の弁。お目当ての柳葉敏郎の見せ場はちゃんとあって、そこそこ満足はしてたみたいですけど……。私は、深津絵里が見れたから、ま、いいか、という感じでしょうか。
明日は春恵の実家へ行って、義父の墓参りです。それにしても、雨、よく降りますよねぇ。
きょうは58回目の終戦記念日。
革新町田の会の臼井さんが、ご自身のホームページのこのコーナーで、この日を「祝う・戦争放棄記念日」として、国をあげて祝う国家行事を盛大にやってほしい、と書いていました。なるほど、たしかに。
戦争がたえなかったそれまでの日本から考えれば、私たちの世代というのは本当にこの国の歴史のなかできわめてまれなめぐまれた時代に生きた日本人だったんだなぁ、とあらためて思います。
アメリカのおかげ(都合?)でそうなったという一面はたしかにあるでしょう。しかし、それだけではないというのもたしかなこと。
次の半世紀こそ真の独立国としての主体性を発揮して世界から戦争をなくす役目を果たせる、日本が、日本国憲法がかかげた理想である本当の意味での平和国家になれるように、ささやかながらも力をつくしたいと……。
きょうは『生活教育』10月号、村瀬先生の「思春期の子育て/性と自立を見つめて」と三上満先生の「生活・教育・宮沢賢治」の連載原稿のテキスト入力も。
● 2003/08/13(水)
今朝はずいぶん涼しくて、あわてて長そでのフリースをひっぱりだしてしまいました。なんだかもう夏も終わりなのか?というような感じ。
きょうは、午後からりぴーとの「外壁塗装カラーシミュレーション」の仕事にかかり、ついさきほど(今は午後11時ちょっと前)完了したところです。
ところで、昨日の夜、高3の娘といっしょにレンタルビデオショップへ行ったんですが、ずいぶん盛況?でした。 春恵からのリクエストは、第1希望が「阿弥陀堂だより」、第2希望が「たそがれ清兵衛 」、第3希望が「山の郵便配達」だったんですが、あわせて20本近くはあったはずなのにすべて「貸し出し中」で、そのリクエストには応えられませんでしたし。
娘は、学校の「日本史」の授業で黒澤明監督の「七人の侍」を観て黒澤作品が気にいったらしく「赤ひげ」を、私は、「ウィンドトーカーズ」をそれぞれ借りてきましたが、夏休みは「遠出せずに自宅でビデオ」派の人、うち以外にも結構いるのかなぁ、と……。
明日は久しぶりに川崎の私の実家へ行く予定。
● 2003/08/12(火)
昨日は、『生活教育』編集委員会や日生連(日本生活教育連盟)の先生方ならびに過去に『生活教育』誌に原稿を執筆してくださったことのある方で、わたしがメールアドレスを存じ上げている約80人の方々に「掲示板開設のお知らせ」メールを発送させていただきました。
さっそく3人の方が書き込みしてくださったんですが、やっぱり自分でつくった掲示板に書き込みしていただくというのは、うれしいもんですね。
きのうは1日、しょっちゅう掲示板をひらいては、返信を書いたり、カウンターの数字をながめたり……。ご覧いただいたみなさん、ありがとうございました。今度は書き込み、よろしくお願いいたします。
それにしても、オーストラリアにお住まいの野中先生が、そのまま『生活教育』の「教育情報」のページに載せられるんじゃないかと思えるくらいの、中身も濃い長文の書き込みをしてくださったのにはびっくりしました。
ホームページのURLも書いてくださったので、さっそく先生のウェブサイトを拝見してきたんですが、「オーストラリア通信」というコーナーがあって、これもかなり長文のコラムがたくさんあります。なるほど、日頃から鍛えられた成果?だったんだ、と納得しました。写真もたくさん載っているしオーストラリアに興味がある方にはお勧めですよ。
きょうは、私が設置したほかの掲示板(「りぴーと」のりぴーとサポート掲示板「Support BBS」、「オフリール」のオフリール掲示板「ここだけの話」)も、調子にのって模様替え。ちょっとハデめなんですが、いかがでしょう?
あと、革新町田市民の会の臼井さんからホームページ・コンテンツの原稿の一部をいただきました。近いうちに長崎さんと3人で打ち合わせをしましょうということに。それから、りぴーとの白崎さんからも外壁塗装のカラーシミュレーションを「受注」。その資料をいただきました。こちらは17日までにアップの予定。
● 2003/08/10(日)
じゃ〜ん! ついに掲示板をつくってしまいました!
題して、「生活教育交流掲示板*みんなのひろば」です。
長いことつくろうつくろうと思いながらなかなか実現できなかったんですが、とうとうやりました。(ちょっとおおげさか?)
北は北海道から南は沖縄まで、全国の『生活教育』関係者のみなさん、ぜひぜひご活用ください。
昨日、つくば市のSTEPから、次の仕事(書籍制作)の原稿類が届きました。
農家の主婦の方が書かれたもので、タイトルは『おら家(え)の母ちゃん、モンゴルさ行(え)ぐど!』っていうんです。なかなか面白そうでしょう?
で、きょうはそのテキストの整理を。
ざっと読ませていただきましたが、実際なかなか面白い文章でした。
今回のは装幀から版下制作まで全面的にやらせていただけるので楽しみです。今月末までに入稿の予定。
で、夕方から最初のところで書いた掲示板の設置作業にかかり、さきほど(11日の午前4時すぎ)完了したところ。
あとは、関係者のみなさんにお知らせメールを送らねばなりませんが、それは明日(もう今日ですが)することにして……きょうはもう寝ます。
おやすみなさい。
● 2003/08/09(土)
「赤い風船」パンフの仕事が終わりました。
きょうの昼前にお送りしたあと、「あとはこちら(「元請け」の会社のことです)でチェックし、もし問題があってもこちらで直します」のメールをいただきました。これで「晴れて自由の身だ〜!」
午後からはたかしまさんのサイトの「市議団ニュース」のページと、オフリールの「プライスリスト」のページを更新。
あとは、そうだ、たかしまさんの掲示板の移転にあたって、この間いろいろとお世話になった金光さん(あかつき印刷にお勤めで、DTPやWebデザインに関しては私が勝手に師とあおぐことに決めた方です。メールのやりとりだけでまだ直接お会いしたことはないんですが)の「みちばた」というホームページを、きょうはご紹介させていただきますね。 いちばんのお勧めは「きりえ」のコーナー。郷土玩具や和凧などももちろん魅力的なんですが、「印刷」とか「はたらく」のシリーズは、そんじょそこらではお目にかかれない「きりえ」です。私はとても興味深く拝見したんですが、ご自分の職場やそこで働く仲間に対する金光さんの優しい目を感じました。
他のコーナーもそれぞれ楽しく見れますよ。みなさんもぜひどうぞ。
それと、台風10号がきょう列島を縦断。
● 2003/08/08(金)
きょうの夜、革新町田市民の会の幹事会がありました。本来なら私も出席しなければいけなかったんですが、今晩は「赤い風船」パンフの仕事の関係で欠席させてもらいました。
その「赤い風船」パンフ直しの指示書は夜7時すぎにファックスで送られてきました。「責了紙」の判子が押してあります。責了というのは「あとはそちらにまかせましたよ」という意味、つまり、それだけ直しは少ないということですから、ホッとしました。
きょうは朝から「革新町田市民の会」のサイトを、夜の幹事会で検討するときのたたき台になる程度にはしなくてはということで、その制作作業を。
CGIプログラムを使った掲示板のようなページが2つあるんですが、この間、たかしまさんのホームページの掲示板移転でいろいろトラブルを経験していたおかげ?で、比較的スムーズに設置することができました。
ただ、1日で何ページもつくるというのはもともと無理な話なんで、タイトル回りや小見出しなど凝ったことをやってる時間がないものだから、リンクもほとんどがテキストリンクのまだ素っ気ない状態。恥ずかしくて、とてもご紹介できるような段階ではないんですが……、いちおうこちらです。
それと、夜になってからたかしまさんのサイトの更新を2ページ分。「旧戦車道路の話(1)」はなかなか面白いですよ。
たしかに不思議な感じの道です。私も、オフロードバイクで何回か走ったことがありますが、「平成たぬき合戦ぽんぽこ」の映画を観たときにまっさきに思い浮かべたのがこの道のことでした。
● 2003/08/07(木)
たかしま均掲示板、ただいま新装開店いたしました。よろしかったら、お訪ねください(トップページはこちら)。
「赤い風船」パンフの件できょう続報メールいただきました。
それによると、まだ完了したわけではないらしく、もうあと1〜2往復のやりとりをした上で10日下版予定に変更されたとのこと。「終わったぁ!」はちょっと甘かった?みたいです。ふぅ。
● 2003/08/06(水)
きょうは、58年前、広島に原爆が落とされた日。
秋葉広島市長は日本のアメリカ追従外交をかなり具体的に批判していて、保守の政治家でも骨のある人はいるものだと、あらためて勇気づけられる思いで式典のあいさつを聞いた。
小泉首相のそれとは対照的に虚ろな言葉を、まだ国民の4割以上もいるという彼の「支持者」たちはどう聞いたのだろう?
「赤い風船」パンフの修正ファイルは昼すぎに最後の1ページ分をメール添付で送り、ひとまず終了。
夜、担当の方から「まだ少しだけ直しがありそうですが、あとはこちらでやりますので、待機はといていただいて結構です」とのメールを受信。
作業量そのものはそれほどの量ではなかったものの、えらく神経の疲れる仕事だったので、うれしいメールだった。
午後からは、たかしま均さんのホームページの新しい掲示板の作成作業を再開。
あの後、たかしまさんから「この際、前のデータは表示できなくてもいいから、新しい掲示板をつくっちゃいましょう」とのお話があったので、以前のものとは違うタイプの掲示板で新装開店、という線で準備をすすめています。
● 2003/08/05(火)
『生活教育』9月号版下の入稿は、予定より1日遅れで今朝終了。
最後の原稿をいただいたのが昨晩だったこともあり、家を出たのはもう朝の5時53分。きょうはタイムは期待できないのは最初からわかっていましたが、いちおう書いておくと、印刷所に着いたのは7時15分頃。
すでに出社されていた高村さんにきょうは直接手渡しすることができました。
で、20分すぎに印刷所を出発して家に着いたのが8時51分でした。
帰宅後、製版所へ表紙の版下データとデジカメ写真のファイルをメールで送付。今月は、夏季集会の速報写真がたくさん載ってます。
ついでに書いておくと、集会速報の井関美季先生の文章、はずむような文体で会の様子や雰囲気がいきいきと描かれています。原田宏美先生が撮られた写真とあわせて、おすすめ。ぜひご覧ください。
もうひとつ。今月の「総合学習・私たちの提案」は、滋賀・豊郷小学校、竹腰先生の実践なんですが、校舎取り壊しか保存かをめぐって、全国から注目をあびた豊郷小学校の今の様子が随所からうかがえ、興味深く読ませていただきました。こちらもおすすめですよぉ。
さて、タイミングのよいことに? 帰宅したら「赤い風船」パンフの直しの指示書がファックスで送られてきていました。
きのうは徹夜だったので、仮眠をとったあと夕方から作業。今、修正済みの最初の1ページ分をメール添付でお送りしたところ。ひきつづき2ページめの修正作業にかかります。
● 2003/08/02(土)
名古屋で開かれていた日生連の夏季研究集会はきょうまででした。
「一太郎」(かつての国民的ワープロソフトだったあの)のファイルで送られてきた原稿が開けず、筆者の竹腰先生とも連絡がとれずで、「ワード」(たぶん今はシェアNo.1のワープロソフトはこれでしょう。メール添付でいただくファイルの大部分はこれですから。それで仕方なく私も買ったんですが)のファイルへの変換をお願いしていた上野先生がきょうその集会からお帰りになり、さっそくメール添付で変換したファイルをお送りくださいました。
念のためということでファックスもお送りいただいたのですが、その時にうかがったら、今年は450人をこす参加者があり、大盛況だったとのこと。
その集会速報が9月号に載りますので、どうぞお楽しみに。(速報を書かれるのは大阪の井関先生です。原稿をいただくのはこれからですが……。)
さて、「赤い風船」のパンフの仕事、念校出しは徹夜の作業の末、昨日(8/1)の昼過ぎになんとか終了しました。
しかし、この段階になってもまだ料金表の部分は半分以上が未確定です。最初から「最後の最後まで変更があるんだ」という話は聞いていましたが、この手のパンフというのはなんともたいへんな仕事なんだなとあらためて思いました。
つくる立場から言わせてもらうと、終わりが見えにくい仕事というのは精神的にとても疲れます。かなり時間をかけてその時点ではきれいにおさめたつもりのレイアウトも、次の段階であっさりと中身がかえられてガタガタになってしまうんですから。極端な言い方をすれば「シジフォスの神話」みたいなところがある。
ともかく、時間的にはもうリミットが近いので、今回出した念校に赤が入って戻ってくれば、その指示にしたがって修正するのが最後の仕事ということになります。「さぁ、あと1回!」という感じ。
きのうの夜ときょうの昼は、地元の日本共産党町田市議・たかしま均さんのホームページの「日記」と「掲示板」の「引っ越し」作業を。
「日記」の引っ越しは昨晩のうちに無事完了したのですが、「掲示板」の引っ越しのほうは、朝から夕方までかかっても「エラーとトラブルの嵐」という感じでまだメドがたちません。
ああでもない、こうでもない、と関連サイトをあちこち見ながらプログラムの設定を変えたり、文字コードや改行コードを変えたりしてみるのですが、なかなか正常に動いてくれない。
ま、どこかにかならず問題があるのはたしかだし、それを直せば解決するはずなのも間違いないことなので、やるっきゃないんですが……。
『生活教育』9月号の入稿予定日が今月は4日なので、いったん中断することにして、続きは『生活教育』と「赤い風船」パンフの仕事のかたがついてからということでごかんべんいただくことに。
ところで、きょう、関東地方の梅雨がようやくあけたとのこと。
セミの鳴き声もようやく聞こえるようになって、あるべきものがあるということの安心をあらためて感じています。
そうそう、それと、以前から探していた、この作業日誌のタイトルの元になったビートルズ初期のヒット曲「From me to you」のMIDIがみつかったので、さっそくきょうから上のところに置かせてもらうことにしました。
ダウンロードさせてもらったサイトの紹介をしようと、お気に入りに登録していたそのサイトを今たずねたら、「え? なくなったの?」
ダウンロードさせていただいたのはつい2〜3日前のことなのに……。「いつまでもあると思うな、親とホームページ」ですね、まさに。
ということでご紹介はできませんが、作者の方にともかく感謝です。
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