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● 2003/05/31(土)
昨日の午後、アメリカのミシシッピー州にあるモス・ポイントというところ(地図で調べたら東隣のアラバマ州との州境の近く、メキシコ湾に面した海辺にある町のようです)にお住まいの、クニコホールさんという方から以下のようなメールをいただきました。
おそらく、ヤフー・ジャパンのサイトで「教育関係のメディア」を探して、こちらのサイトを見つけられたということなんだと思います。
ちょっと私の手には負えそうにない内容なんですが、『生活教育』の関係者や読者のみなさんの中には、何か思い当たる方もいらっしゃるかと思い、全文をほぼそのまま(文中の〈 〉内は私がつけた注釈です。多少ニュアンスは違うかもしれませんがあしからず)掲載させていただくことにしました。
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はじめましてクニコホールというものです。
アメリカの南部に住んで11年になります。すんでいる町の公立中学の数学教師をして五年になります。中学三年生(9年生)を主に教え、去年と今年は二年生(8年生)も何人か教えました。
今これを書いている理由は授業中に私の生徒から racial slurs〈人種的中傷〉を受けているためです。
最初の年は、私のクラスに来ると毎日、私のことをミセスホールと呼ぶ代わりに“ソイソース”〈“醤油”のことですが、侮蔑的なニュアンスがあるのでしょうか?〉と呼ぶ生徒がいました。
シンシェンシャンなどといって勝手に中国語を作って一人が言うとクラス中が笑います。
Jap といわれたこともあります。disciplinary referral〈懲戒に関する申し立て書のようなもの?〉に書いて校長に提出し、生徒の父親にも電話で報告しました。
キャンパスポリスに連れられてユースコート〈日本の家庭裁判所にあたるようなもの?〉に行くかと思ったら、その生徒の受けた処分は二日間ぐらいの停学だけでした。
これがもし白人の生徒が黒人の先生に Jap と同等の意味である nigger と言ったとしたら父兄を含めて学校中が大騒ぎになるでしょう。
私の学校は生徒の90パーセント以上が afro-American ですから。
授業を聞いていないでおしゃべりしたりふざけている生徒があとになってわからなくなると、私が何を言っているかわからないからだと理由付けする生徒がたくさんいます。
私はミシシッピー州の7−12年生のライセンスを持った数学の certified〈公認の〉teacher です。
今年は Chinese bustard〈直訳すれば「中国のノガン=鳥の名前」ですが……〉と呼ばれました。一人の生徒が、ワン、ツー、スリーと掛け声をかけクラス全体がゴーホームと私に向かっていったこともあります。
犬を食べるかと何回も聞かれたことがあります。肉体的なことを嘲笑されたこともあります。
子供(kids)だから仕方がないとあるときはそうじゃないんだと説教しあるときは無視しました。校長は referral を見てサインするのだから何が起こっているか知っているはずですが特別のヘルプをうけたことはありません。
四月の終わりに先生たちは校長から来年度のコントラクト〈契約書〉を渡されました。私のコントラクトには手紙がついていました。手紙の内容はもし来年度もこのスクールシステムで教えたいならあなたは特別のプログラムに入らなければならない。あなたはクラスルームマネジメントに問題があるので、90日間、三人の指導員があなたのクラスルームに来てあなたをヘルプします。もちろんこの手紙を受け取ったのはわたしだけではありません。
私は superintendent〈日本でいえば地方教育委員会の長にあたるような役職か?〉と話すアポイントメントを取りました。翌日、assistantsuperintendent が私のいる学校に来てオフィスで話しました。コントラクトについていた手紙に不服があることと自分の background が違うためクラスルームマネジメントを評価されるときに不利になるということを伝えると、“私も white dominant〈白人優勢〉の世界でやってきたのだからあなたも同じようにやるように”とのことでした。
この assistant superintendent は afro-American lady です。
私はもうこのスクールシステムで働く意思がなかったのでコントラクトをサインしないで校長に渡しました。すぐに来年度のための就職活動を始めました。幸運なことに数学教師不足のため最初に行った面接で採用になりました。八月からは隣町の中学で教えることになります。
それと同時に弁護士に相談して起訴することも考えております。
今書いていることは私個人のことだけではなく、日本人としての私に対しての中傷なので media に携わっている皆様にお知らせしてご協力をお願いしたいと思います。
この南部ではカリフォルニアやニューヨークと違ってアジア人に対する知識がとても低いのです。五年間教えていた中学ももちろん私が唯一のアジア人です。少しずつでも日本だけでなくほかのアジアのことも教室で少しずつ子供たちに紹介していこうと思っていますが、どこか協力してくれる団体などご存知でしたらご連絡いただけませんでしょうか?
アメリカ人の夫と数年前に離婚してこの国で女ひとりで子供二人を育ててきましたが、かなりのストレスの連続です。学校は先週で終わりすでに夏休みに入っています。ようやくコンピューターの前に座る時間ができました。
クニコホール
3540 Kimberly Drive Moss Point, MS 39563
kuniko@usa.com
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クニコホールさんが求めてらっしゃるのが、「弁護士に相談して起訴すること」に対する「協力」なのか、それとも「日本だけでなくほかのアジアのことも教室で子どもたちに紹介してい」くことに対する「協力」なのか、どちらともとれるということと、この文面だけでは(私自身が教育の現場を離れてすでにだいぶたっていることや、アメリカ社会、特に南部における人種問題にはあまり詳しくないこともあって)、何がいちばんの問題なのか今ひとつピンとこない面があるので、私としてもいちどお尋ねの返信メールをさしあげようと思っているのですが、いずれにしても1か月ほど前に我が家を訪ねてくれたYさん(20年ほど前に私が担任した和光高校の卒業生で、最近までニューヨークの広告代理店で働いていた)からも、アジア人全般や日本人に対する差別的な扱いはたしかにあるという話を聞いていましたので、(そのニューヨーク以上というんですから)相当の苦労をされてきたのはたしかだろうなぁ、と……。
ということで、もし何かお心あたりの方がいらしたら、私からもアドバイスをお願いしたいと思っています。
● 2003/05/30(金)
昨日は、「市民の会」のHPをつくるとして、ではどのプロバイダまたはレンタルサーバを利用するのがいいのか、いろいろ検討していました。で、こちらがいいのではないかという結論に達した(ちょっと大げさ?)ので、一昨日の会に出席しておられた方の中で、それぞれご自身のホームページをお持ちの臼井さんと長崎さんに「その線でご検討いただけませんか?」のメールをさしあげました。
ところで、どちらの方のホームページもとてもよくできていると感心させられるものでした。個人的には長崎さんの「所長自分史」のページには特に興味をそそられましたね。書籍のメタファーを使うというアイデアそのものは昔からあったと思いますが、それを実際に自然な感じで見せるというのはなかなか難しいものです。ぜひ参考にさせていただこうと……。
昨日の夜には、「オフリール」の藤原さんの娘さんから、「まいダイアリー」のページの第1回分の原稿をファックスでお送りいただきました。なかなかいい感じの文章です。「ベル・ジュバンス」のページがいまひとつ決まらず、あと少しの状態のまま足踏みしているんですが、平行してすすめていこうと思っています。
それと、昨日の夜は、「りぴーと」の「りぴーとナウ」のページの更新もしました。「耐震補強」にかこつけた悪徳商法の話はテレビで見てある程度は知っていましたが、ひどいもんですよねぇ。
マイホーム(響きが古い?)にお住まいの方は、ぜひご一読ください。
それから、能重真作先生から原稿をワードのファイルでいただきました。で、またまたすぐにお電話をいただき、こちらもゲラをファックスでお送りしてご本人に最終チェックをしていただくことに……。やっぱりそれが一番安心できますしね。
これが『生活教育』7月号の原稿としていただいた4本目。今回もどうも集まり状況が思わしくありません。
きょうは、午前中、近くの内科クリニックに基本検診を受けに行ってきました。ここは最近できたばかりのクリニックで、行ったのはきょうが初めて。受付の女性も若い男の先生も、なかなか感じのいい方だったのでホッとしました。これからは何かあったらここにこよう。
ちょっと偏見があるのかもしれませんが、最近の若い男の医者というと、今年83になった母(心筋梗塞で2年前に緊急入院したことがあり、その後しばらく通院してたので)に付き添って診察室に入ったときに出会った、若い医師のことをすぐ思い出してしまうもんですから……。
何がって、その先生は診察中カルテと写真を相手に話をしているだけで、患者(母のことです)の顔をたったの一度も見なかった、ということなんですが。要するに「病気」は見ても「患者」は見ないんですよね。これでは医者とは言えないだろう、とその時強く思ったことを今もよく覚えています。
ともかく、まぁ、よかった。……ということで、ついでに大腸検診とあともうひとつ(いかん、名を忘れた)も受けることにしてきました。
● 2003/05/28(水)
今朝、きのう送った『筑波の友』+1号の出力見本を見直していたら、おかしなところを発見。
なおしたファイルはメール添付文書として送り直してそれで間に合ったからことなきをえたんですが、これでは、なんだか最初っからメールで送ったのとあんまりかわらないような気も……。
つまるところ、人間の習性というと大げさですが、FDとかCDとか、とにかく形として目に見え手でさわれる何かで送ってもらわないとなんとなく不安、ということなんでしょうかねぇ?
でもメールでデータをやりとりするというのは、紙とかFD・CDなどのモノを媒介しないですむというところにこそ画期的な意味があると思うんですが……。
ところで、『生活教育』6月号の村瀬先生の連載の見出し部分にも誤植があったことが、今朝、事務局の中村さんからご連絡いただき判明しました。がっくり。
「成熟へのいら立ち」となるべきところが「成績へのいら立ち」となっていたんですが、意味はぜんぜん違うんですけど、どっちもありそうでしょう?
で、これからは、村瀬先生ご本人にゲラを最終チェックしていただくことになりました。それにしても、かなり神経は使っていたつもりだったんですが……、きょうは悪い夢をみそう。
夜の会合のほうは、みなさんかなりの興味を示してこちらの話をきいてくださったのでホッとしました。
会のホームページをつくるかどうか最終的な結論が出るのは来月の幹事会でとのことですが、きょうはそれとは別に、会が来月末に出すビラのデザインと版下作成を私が担当させていただくことが決まりました。
10万枚印刷して町田市内全域で配布するそうですから、こちらもなかなかやりがいのある仕事になりそうです。
● 2003/05/27(火)
『筑波の友』+1号の版下作成には、思いのほか手間どりました。
ネット上で見ていただくサンプルは新しいマックでつくったんですが、これはソフト、マシンとも有り余るパワーの威力発揮で、ほとんど待ち時間もなくどんどん作業がすすみました。
ところが、このファイルのままでは現状では印刷所には出せない!
そこで古いマックにうつって作り直すことになるんですが、出力して確認するための印刷になんと2時間近くもかかってしまう(画像ファイルが大きすぎるんですが)というのがネックになって、いっこうにはかどりません。
その待ち時間には新しいマックの方で「オフリール」の作業をするからまぁそれはそれでいいんですが、修正してまたプリントすればそこでまた2時間……。
そんなこんなで、できあがったものをCD-Rに焼いて宅配便で発送した(今回は、印刷所から「やはりメールでなく、CDでほしい」と言われたもんで)のが、結局きょうの夕方になってしまいました。
印刷所も早く新しいマックと新しいソフトに対応してくれると、ずいぶん楽になるんですが……。(もちろん、すでに対応している印刷所もあるんですけど。)
『生活教育』の原稿はその後1本増えただけでまだ3本。
きょうは「ブリキの勲章」の著者・能重真作先生からお電話をいただきました。
「申し訳ないけれど、もう少し待ってください」という内容だったんですが、先生からは「メールで送るつもりですが、字数と行数は?」「ファイルはどういう形式でお送りすればいいですか」と1週間ほど前にもお電話をいただき、昨日も「明日には送れると思います」というお電話をいただいていたので、これが3回目。
とってもていねいな方なので、かえって恐縮してしまいました。
それと、たぶんもう公表してもいいと思うんで書いちゃいますが、早乙女愛さんのあとを受けて7月号からはじまる新連載の執筆者が決まりました。
ジャーン! なんと、それが、風吹じゅんさんなんです。
わたし、ファンです、この方の。う、うれしい〜。
どんな内容のものが拝見できるのか、今から楽しみにしています。
さて、明日の夜は「革新町田市民の会」という団体の会合に出席して、ホームページについての説明をさせていただいたりお話をうかがったりする予定。ちょっと緊張してますが、こちらも楽しみ。
それと、「オフリール」のホームページのほうは、現在「ベル・ジュバンス」のページを制作中。明日中くらいにはなんとか見ていただける状態にしたいと思ってるんですが……。
● 2003/05/25(日)
ステップの『筑波の友』+1号のデザインが決まり、直しの作業も終わったので、今朝からその印刷用版下の制作にかかっています。(決定版はこちら)
それと、きのうからきょうにかけて、藤原さんとそれからたかしまさんからも、オフリールのエントランスのページについてお褒めのメールが……。やったぁ!
「でも、これも春恵のおかげだなぁ」とあらためて感謝です。
「ここがよくない」と言われるのはやっぱりこたえますが、自分でも納得がいけばそれが次へのヒントになるし、で、自分でも「たしかにこっちのほうがいい」と思えるものができれば、へこたれた分だけ余計にうれしい。そしてそれをお客さんも喜んでくれればもう言うことはありませんもんね。
で、調子にのって(?)午後からは、さっそく「ホーム」のページのリニューアルにかかりました。今度のも「エントランス」のページと同じように「写真満載」で、なかなかの出来と思ってるんですが、どんなもんでしょう?
● 2003/05/24(土)
きのう、きょうと「オフリール」のホームページのエントランス(入口)ページの作成をしていました。すでにお店はオープンしてるのに、ホームページがいつまでも「Coming Soon」「5/22 Open」という開店予告(ご覧になりたい方はこちらをどうぞ)のままでは、ちょっとみっともないですしね。
最初つくったのは、「はじめに四葉のクローバーだけがあり、その上にマウスのポインターをもっていくと、白黒写真が一枚見えるようになる。で、その上にポインターを持っていくと白黒がカラーになり、そのままクリックするとホームのページに移動する」というもの(こちら)でした。
これはシンプルだけどけっこういいぞ、と思っていたんですが、今朝、春恵に見てもらったら、これが不評で……。
要するに「白黒がカラーになるくらいではインパクトがない!」ということなんですが、写真も店内のものを使っていたため、「いきなり店内の写真はないんじゃないの。実際の店に入るときだってまず外から見て、『なかなかよさそう』となってはじめて『じゃあ、中をのぞいてみようか』となるわけでしょう?」とのことで、たしかに言われてみればそのとおりです。
で、きょうの夕方になってようやくできあがったのが、こちら。
いかがでしょう? どちらも「四つ葉のクローバー」がカギになっているんですが……。
中身は当初6ページでスタートする予定でしたが、とりあえずは3ページのみの暫定スタートとなりました。
まだ、中身には先日撮ってきた写真を載せてないので、今見れるようになっているページについても、まだまだこれから変わっていく予定。できあがったらまたご紹介したいと思っています。
● 2003/05/22(木)
昨晩、「りぴーと」のサイトの「りぴーとナウ」のページを更新。
朝、『生活教育』7月号の三上満さんの連載原稿の入力をしましたが、それを拝見して「品川区教育委員会が区立中学校の学力テスト結果を学校別に出身小学校の実名まで出して公表することを決めた」ということを知りました。品川区ではすでに中学校を自由に選べる「選択学校制」を実施しており、その「判断材料」を親に提供するというのがその「理由」なんだそうですが……。
東京の教育もついにここまで堕落してしまったのか、とため息が……。詳しくは7月号をご覧になってください。
きょうは「オフリール」オープンの日でした。午前10時すぎにおじゃまして写真を撮ってきたんですが、お花がいっぱいの華やかな雰囲気のなかで、途中まではまぁまぁいい写真がとれたんではないかと……。
ところが! デジカメを180枚撮れる設定にしていたこともあり調子にのって撮りまくっていたら、57枚撮ったところでバッテリーがアウトに。「ようし、次はこの構図で……」と思ったとたんという感じだったのでちょっとショックが大きかったなぁ。まぁ、とりあえず、肝心の「ベル・ジュバンス」の「トリートメント」をされているところの写真は撮れたのでよかったんですが、予備のバッテリーを持ってこないなんて、いつもどこか抜けてるんだから……とまたまた「反省」の写真取材でした。(いずれホームページが完成したらぜひご覧になってください。)
でも、お茶とお菓子までごちそうになったから書くわけではありませんが(少しはあるか?)、いい感じのお店になってました。
帰宅後、STEPの竹島さんから電話とファックスをいただき、昨日書いた「プラス1号」にかかわっていくつか直しを入れることに。それと、表紙はサンプルAで行くことに決定です。
明日は、『生活教育』の編集会議。いただいてる原稿はまだ2本ですが……。
● 2003/05/21(水)
「オフリール」のトップページのイラストは、最初に使っていたこちらのものを使うことになりました。個人的にはちょっと残念な気もしますが、お客さんの意向が最優先ですから、まぁ、しょうがないですね。でも、全体の雰囲気とかつくりについては気に入っていただいてるようなので、ホッとしています。
明日は、いよいよお店のオープン日。
私は「ベル・ジュバンス」の「トリートメント」を実際にやられているところの写真撮影のためにおじゃましてきます。
さきほど、STEPの竹島さんから頼まれていた『筑波の友』プラス1号(『筑波の友』は通巻200号まで発行されたところで休刊となりましたが、有志の方のカンパにより「プラス1」号を発行することになったんだそうです)の表紙と裏表紙にあたる24ページめのデザインのサンプルをこちらにアップしました。よろしければご覧ください。
あと、わが事務所にはありがたいお話がきょう突然……。
実は、地元の共産党の市議会議員でたかしま均さんという方がいらっしゃるんですが、そのたかしまさんからのご紹介で、ある市民団体のホームページづくりをやらせていただくことになったんです。
で、さっそく来週28日の会合に出席して「ホームページとは何か」というようなお話を会のみなさんにすることになりました。(ほとんどの方がインターネットとかホームページとは今まで無縁だった方たちなんだそうで……。) やりがいのある仕事になりそうで、今わくわくしているところ。
きっかけは、「オフリール」のテストサイトをたかしまさんが見てくださったことでした。
たまたまその時、その市民団体の理事の方がたかしまさんの事務所に来られていて、「うちの会でもホームページをつくることになったんだ」と話されたので、たかしまさんが「これ(オフリールのサイトのこと)、地元の人がつくったホームページなんだよ」と私のことを紹介してくださったら、その理事の方もテストサイトを見て気に入ってくださり、「○○○○印刷にたのもうと思ってたんだけど、地元につくってくれる人がいるんだったら、その人にたのんだほうがいいなぁ」といった感じで急きょ話がまとまり、その場でわが事務所に電話が……。
あとはもう、とんとん拍子で話が決まってしまったというわけ。「がんばらなくっちゃ!」です。
● 2003/05/19(月)
またしばらく、更新が滞ってしまいました。
この間ずっと「オフリール」のホームページ作成にかかっていたんですが、現在は、最終的に「OK」がいただければすぐにそのまま公開できるように「テストサイト」という形で作業をすすめています。
で、だいぶサイトらしい形にしあがってきたんではないか、と……。
よろしければこちらをご覧いただき、もし何かお気づきの点などありましたら、お知らせいただけるとありがたいです。
そうそう、前に紹介したサンプルページをご覧いただいた方はお気づきかと思いますが、トップページの女性のイラストを変えました。あれはあれで気にいっていたんですが、ちょっとお店の「顔」として使うには「きつい」かなぁと思って。
で、わが事務所が誇るイラストレーターの春恵に頼んで、昨日20点ほど描いてもらいました。こんどのトップページのイラストはその中の1点。原画は筆ペンで描いたものなので、色をつけたのは私です。これもなかなかいいと思うんですが、いかがでしょう?
さて、オフリールのホームページづくりに没頭していて、すっかり後回しになってしまっていた「ステップ」から受けていた「つくばの友」特別号の表紙デザインの仕事。ついさきほど、催促の電話を竹島さんからいただいてしまいました。
まだ余裕があるとは言っても、こちらもそろそろサンプルを見ていただかないとまずいので、明日はそちらにかかります。竹島さんお許しを。
ところで、昨日の徳島県知事選は残念でした。約8千票の差。
ただ「気に食わないから」という程度の理由で不信任決議を出し住民が直接選んだ首長をやめさせてしまうという動きが、長野以来、各地で見られるようになってきているみたいですが、そういう理不尽な動きが加速されるというような事態にならなければいいのですが……。
● 2003/05/16(金)
きょうは午後から川崎市麻生区百合丘にあるオフリールへ行って、打ち合わせをしてきました。まだ一部工事中だったりで、店内の写真はオープン当日の来週22日にもう一度うかがって撮ることに。
「なぜベルジュバンスなのか」「なぜイナータスなのか」など、ホームページをつくっていく上でお聞きしておきたいと思っていたことを藤原さんからはかがったんですが、ご自身の美容師としての体験をふまえてのお話には説得力を感じたし、どういうお店なのかということがだいぶわかってきました。そのことがちゃんと伝わるようなホームページにしなくっちゃ、と思ったことでした。
それと、きのう紹介したトップページのサンプル3種の中では、これをもとにサイト全体のページをつくっていくことが決まりました。もっとも、「自信作です」とだいぶ売り込んだので「イヤ」とは言いにくかったかも……?
● 2003/05/15(木)
13日のところに書いた「オフリール」のロゴは、「5番」に決定! でした。
ということで、昨日からはサイトの基本ページとなる「トップページのサンプル」づくりに入っています。よろしければこちらをどうぞ。
明日16日は、はじめて「オフリール」のお店にうかがい、細部についての打ち合わせと、お店の写真をデジカメで撮ってくる予定です。
● 2003/05/13(火)
きょう未明、『生活教育』6月号の入稿を終えました。
午前2時15分に家を出て文京区音羽の真珠社についたのが午前3時4分だから「往路」のタイムは49分。向こうを午前3時5分に出て帰宅したのが午前3時53分だから「復路」のタイムは48分。「総合」タイムは1時間37分(片道約33キロなので平均時速は41キロ弱)ということで、これはたぶん「復路」と「総合」の新記録誕生!……だと思います、たぶん。
我ながらくだらないとは思ってる(いちおう)んですが、毎回、箱根駅伝の監督にでもなった気分?で、「きょうの勝因(敗因)」を自分なりに「分析」したりして楽しんでいます。このタイミングだと次の次でひっかかるだろうと思っていた信号にひっかからずにすんだりすると、それだけでうれしくなったりできるんで安上がりな楽しみのひとつなんですよ。
それはともかく、最後の原稿をいただけたのが昨日の夕方ということで今回は特に苦戦しました。なんとか間に合いホッとしていますが……。
しかし! 朝になってしばらくしたら、真珠社の高村さんから「1か所、目次とそのページで、タイトルが違うところがあるんだけど、どっちが正しいの?」というファックスが……。
そうなると、「新記録誕生」のウキウキ気分?もいっぺんにふっとんで、もう真っ青。あわてて電話をかけ「すみません、目次が正しいです」とお伝えしたら、「うん、わかった、じゃあ、前月号で使ったのを、こっちでさしかえておくから」と言っていただけたので、助かったんですが……。こちらでつくりなおさないといけない部分の間違いなら、またもういちど「新記録へのチャレンジ」をするハメになるところでした。(年に数回はそういうことがあるもんで……)
それにしてもこの高村さんという方、いつも午前6時すぎにはもう出社されてるんですよねぇ。で、すぐ原稿のチェックをして、もし間違いがあればきょうみたいに電話かファックスを入れてくれる。だから、家に帰ってもしばらくは落ち着かないんですが、しばらく待って連絡がなければ「クリアできた」という安堵感がじわじわとわいてくる……というわけ。「ダメ」をだされた時はうらめしく思うこともありますが、きょうみたいな時には実にたのもしく思える方です。感謝。
さて、これで今月もひと段落。これから「オフリール」のロゴの最終案づくりにかかります。
〈追記〉日付けはもう14日になっていますが、さきほど、上記「オフリール」のロゴ最終案のページをアップしました。さて、どれに決まるか?(また作り直しになるかもしれませんけど……)
話はがらっと変わって、「有事法案」のこと。民主党ってやっぱりこの程度だったんだなぁ。ここ数日間、新聞もほとんど読んでるヒマがなく気づいたらもうこうなっていたという感じで……悔いが残ります。
「有事に対する備えは必要でしょう?」と言われれば、「たしかに」という風に思ってしまう人も多いかもしれません。でも、今度の法案はぜんぜんそんな内容ではなかった。あくまでも「アメリカの要請によってつくられた、アメリカの戦争に協力するための法案」というのがその本質でしょう。
これで日本も、次にアメリカが起こす戦争では「自分の血だけでなく相手の血も流す」当事国になるわけかと思うと、暗澹たる気持ちになります。
● 2003/05/10(土)
目の奥の慢性的な痛みは「一種の職業病」とあきらめて?るんですが、ちょっとコンをつめたツケか、2日ほど、たぶん目からくる頭痛でペースダウンしていました。『生活教育』6月号の原稿はこの間も何本かいただいたんですが、まだあと数本の未入稿があり、これも頭痛のタネか?(んなわけないんですが、○○先生と○○先生、よろしくお願いします)
そうそう、早乙女愛さんの連載は今回が最終回なんです。昨日、原稿をメールでいただきました。で、それを拝見して初めて知ったんですが、なんと! 早乙女愛さんはこの連載をご執筆中の、約半年前に結婚されていたんですって。
遅ればせながらお祝いの言葉をファックスでお送りした校正用のゲラの頭のところに書かせていただいた(失礼ながら)んですが、今は沖縄の那覇市(たぶん)で暮らされているとのこと。最終回も必見です。
さて、6日に書いた「オフリール」の「オープン予告」ページの見え具合については、お二人の方からメールをいただきました。「誰からもメールが来なかったら落ち込むだろうなぁ」と思いながら書いたお願いだったので、「大丈夫、ちゃんと見えてますよ」とのメールをいただき、内容にもでしたが、反応があったことにまずホッとしました(ナイーブなもんで……)。
その「オフリール」のロゴの書体は何日か前に決まっていたので、きのうは、ロゴのスタイルについてのサンプルページをつくり、それを藤原さんに見ていただきました。結論はもう出てるんですけど、それを元に13日頃に最終案を提示することになっていますので、どれに決まったかはそのときまでのお楽しみ?ということで……。
そうだ、もう一つ、6日に書いたことの中に大ウソがありました。アニメーションGIFのファイルを書き出すのに1時間もかかって「ちょっと感動した」とか書いたんですが、あのあと、ためしにもう一度やってみたら、こんどは1分もかからずに書き出せちゃった?んですよねぇ。ファイルサイズはもちろん1時間かかった時のと同じで40KB。
じゃあ、あれはいったい何だったんだぁ!と、思わず叫びそうになってしまったんですが、ほんとに何だったんだろう? ともかく感激して損した。「頼りになるソフト」改め「ムラっけの多いソフト」と思う気持ちが強くなったぞぉ! と、ソフトに怒ってもしょうがないんですが……。
あと、STEPの「豊田軍略史」の本の束厚(つかあつ=本の厚さ)が決まったので昨日版下を作成し、今朝メールでそのデータをつくば市の印刷所へ送りました。(前回の本からこの方式にかえたんですが、これは助かる!)
ところが、メールに添付できるファイルサイズには制限があって、一回に添付できるファイルの最大サイズが10MBだということを初めて知りました(これは万国共通なんでしょうか? それともプロバイダーなどによって違うのかなぁ?)。
今回は31MBの画像ファイルが2点あったんですが、圧縮しても10MB以下にはならなかったので、別の形式のファイルに変換して、全部で10通のメールに分散添付して送るハメに。送信時間そのものはたいしてかからなかったし、相手の印刷所も光ファイバー回線に最近したんだそうで、「大きなファイルでも大丈夫ですよ」と言われてたんですが、「思わぬ伏兵あらわる!」……という感じでした。
● 2003/05/06(火)
できたー! ねぇねぇ、見て見て!(のっけから、ちょっとなれなれしいですね。いままだ興奮ぎみなもんで……お許しを。)
美容室「オフリール」のサーバにアクセスできるようになったので、きのうからずーっと、ああでもない、こうでもない、と「オープン予告」のページをつくっていたんですが、ようやくそれらしいものができたんです。興味のある方は(ない方もだまされたと思って)こちらをご覧になってみてください。
で、何がたいへんだったって、一番手間と時間がかかったのは、だんぜん上の打ち込み文字風のバーの部分ですね。
アイデアを思いついたのはきょうのお昼過ぎで、いちおうの制作作業が終わったのが夕方。ところがこれをアニメーションGIFとして書き出すのにものすごい時間がかかったんですよぉ。その間にきょういただいた10本目の『生活教育』6月号の原稿を打ちはじめ、原稿用紙12枚分ほどの分量を打ち終えてしまいました。軽く1時間以上かかった計算です。
10年ほど前にはじめてマックを買った頃、フォトショップという画像ソフトでちょっとした作業を実行すると、えんえんと計算をやりはじめて、その間にコーヒーを入れてたばこを一服しおえてもまだ終わらない、なんてことがよくあってそれを思い出してしまったんですが、もうそれ以上。
で、その結果できあがったアニメーションGIFファイルのサイズはどれくらいかというと、なんと、たったの40KB!だったんです。(と言われても、あまりピンとこないかもしれませんが、その作業内容を考えるとたいしたもんなんです、これは。)
つまり、ひと昔前のスーパーコンピュータ並の性能をフルに使い、なおかつあれだけの時間をかけてやっていたことの中身は?と言えば、たぶん、いかに作業結果を小さなファイルサイズにおさめるかということだったわけですよねぇ。これにはちょっと感動しました。(もちろん、プログラムにまだ改善の余地があるということでもあるんでしょうが、「おバカなソフト」と感じるよりは「頼りになるソフト」と思う気持ちのほうが強かったということです。)
世は「ブロードバンドの時代」とはいえ、ブラウザでスムーズな動きを再現するためには動画ファイルのサイズはできるだけ小さいほうがいいに決まっているわけですから……。
そこでですね、もしよろしければ、特に「まだブロードバンドではない」という方にご協力をお願いしたいんですが、このGIFアニメは約12秒で文字が打ち終わるように作ったんですが、ちゃんとそんな感じで表示されているかどうか、教えていただけないでしょうか? また、下の「Offrir 5/22Open」の部分はフラッシュ形式の動画ファイルにしたんですが、こちらのほうの見え方もあわせてお教えいただけるとありがたいんですが……。
こちらをクリックしてメールいただければ、もう感謝感激。どうぞよろしくお願いいたします。
● 2003/05/04(日)
きのう久しぶりに「りぴーと」の事務所をたずね、白崎さんとホームページの更新についての打ち合わせ。で、きのうからずっとその作業をやっています。(夜になってようやくほぼ終わりました。)
事務所にはカーリーという名の犬(もうだいぶ高齢のおばあちゃん犬なんだそうです)がいて、前々からその写真をホームページにも載せましょうよと話してたんですが、白崎さんがデジカメで撮った写真をいただき、ようやくその「宿題」を果たすことができました。犬好きの方はぜひこちらをご覧ください。
きのう配信された冷泉彰彦さんの『from 911/USAレポート』、久しぶりにこちらにアップしました。ブッシュの例の「戦勝宣言」について書かれてます。「輝きを失った言葉」というのが今回のタイトルなんですが、なるほど、さすがに作家だなぁと思いながら拝見。「来世での再会」という言葉にそれほど深い意味があるとは知りませんでした。「現世」とか「来世」というのは仏教ではなじみのある考え方だから日本人には今ひとつピンときませんが、これがまた次の火種にもなりかねないというのはちょっと無気味です。
それと今月は更新がちょっと遅くなりましたが、今、『生活教育』最新号の紹介を5月号のものにさしかえました。
● 2003/05/02(金)
きょうは3本いただいて、6月号の原稿はこれで9本になりました。
6月号の研究部連載は、埼玉の江口先生。すごい方だとは以前から思っていましたが、「こんなこともされていたのかぁ」といただいた原稿を打ち込んでいて、あらためて敬服しました。
盲学校小学部で担任したクラスの子どもたちにせがまれ、5人まとめて沖縄まで連れていってしまう(もちろん親たちの了解を得た上のことですが)なんて、ふつうできることじゃないよなぁ……と。他にも心揺さぶられる話がたくさんありましたが、詳しくは6月号で。
ところで、ふっふっふ、わかりました。いえ、ホームページ作成に関することなんですが……。
今まで画面のはしの余白(たとえば、このページの一番上にある題字の帯の上と左右にあったような)を、どうやったらなくせるのか、なかなかわからなかったんです。「スタイルシート(CSS)を使えばいい」という見当はついてたんですが、「具体的にどう記述すればいいのか」がわからなかった。
で、さっそくやってみました。これでバッチリ。上と左右がぴったり隙間なくくっついてるでしょう? これがやりたかったんです。
● 2003/05/01(木)
きょうも1本ふえて、6月号の原稿は6本に。
筑紫さんの「ニュース23」の来週のスペシャルテーマは「スローで行こう」だそうですが、三上満さんの6月号連載のテーマも奇しくも「スローをキーワードに」です。
きょうから5月。メーデーでしたね、きょうは。ほとんどニュースにもならなくなってしまいましたが……。もはや「労働者の祭典」にはそれだけのニュースバリューはないということか? それにしても、悔しいけれど「うまく」労働運動は骨抜きにされてしまったんだなぁ、とあらためて感じます。労働者が分断され労働運動が「無力化」されたことと今の時代の閉塞感のような気分はけっして無関係ではないし、それがまた「石原308万票」の底流にもなっている。でも、いつか必ず「まともさ」が再評価される時がくると信じたいです。
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